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LGBT法案をめぐる攻防が炙り出した「ねじれ」

ジェンダー・アイデンティティの尊重と女性の間の緊張感

千田有紀 武蔵大学教授(社会学)

 今国会も終了した。揉めに揉めたが、結局いわゆるLGBT法案は成立しなかった。これまで自民党のなかでも保守派だと目されていた稲田朋美議員が法案の成立に尽力した。その一方で、保守中の保守とされている山谷えり子議員が、これまで明らかに山谷議員に批判的であったと思われる女性たちを戸惑わせ、場合によっては支持を得るという、不思議な「ねじれ」現象がみられた。この法案をめぐってみられたねじれについて、これから述べたい。

自民党はリベラルな風を捉えそこなった

LGBTの権利を訴えるパレードに参加した自民党の稲田朋美氏=2018年5月6日、東京都渋谷区
 

 まずは稲田朋美議員についてである。「女性活躍を主張すればリベラル、左翼と批判される。いつの間に日本はこんな不寛容な社会になってしまったのでしょうか」と、かつて稲田議員は嘆いた(文藝春秋2021年4月号)。しかし、これは正確ではない。日本社会が不寛容に変化したのではなく、むしろ「フェミニズム」や「LGBT」に対して「寛容」に変化したというべきである。しかしこれを「左翼」だと認識するのは間違っている。

 近年急速に「フェミニズム」が、特定の形態であれば、社会的に容認されるようになったことに気がつかれないだろうか? 女性活躍は、自民党の政策の目玉でもある。女性の労働市場への進出や、政治領域への参加など、公的領域への参加は支持される傾向がある。できる女性の能力活用は「多様性」の観点からも望ましい。それをサポートするための、男性の家事・育児参加も推奨されている。しかし「リベラル」な風が吹くのは、こうした形式的な平等にかかわる場面においてのみである。例えば、女性の非正規問題はますます進行し、賃金差別は深刻であるが、こうした実質的な不平等の是正のイシューに切り込んでいくことは、「左翼的」「ラディカル」とみなされて、あまり歓迎されない。

 LGBTに関しても、「リベラル」化は進んでいる。「LGBTは種の保存に反する」「生産性がない」といった自民党のなかから生産される「保守言説」は、もはや広範な支持を得ない。もちろん、残念なことに自民党の従来の支持層には一定の支持があるのだが、「前世紀の遺物」だと呆れる声のひとの方が多いのではないか。これらは、日本だけではなく、アメリカなどでも見られる世界的潮流でもある。フェミニズムやLGBT関連の問題は、「多様性」や「寛容」というスローガンのもとで、保守にも受容され、ときに利用されることすらある。

 このような状況下では、女性の生き方やLGBTをめぐる態度は、もはや必ずしも保守と革新を分けるリトマス試験紙とはならない。自由民主党は、曲がりなりにも英語でLiberal Democratic Partyである。従来の盤石な支持基盤が(どの党においても)失われつつある政治状況において、自民党がこうしたイシューに「リベラル」な態度をとることは、必ずしも不利に働くとは、限らない。自民党内の保守とリベラルの抗争において、リベラル派が勝利していれば、従来とは異なる自民党のイメージを印象づけることも可能だっただろう。

争点はジェンダー・アイデンティティ

 それでは、山谷えり子議員が法案に疑問を示したことが、これまで議員に批判的だった女性たちに戸惑いを与えた現象は、どうだろうか? たとえばツイッターでは「山谷さんの政治理念や今までの言動に私は全く賛同しないけど、今回の件に関しては彼女はまっとうなことを言ってると思う」というつぶやきがあった。山谷議員は、2000年代にはジェンダーフリーバッシングなどのバックラッシュの急先鋒だった。そのことを考えれば、これらの

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