合法的な脅しと暴力によって“抹殺”された「自由」と「民主」
2021年06月25日
中国政府やその支配下にある香港行政府に対して批判的な姿勢を貫いた新聞「蘋果日報」(リンゴ日報=Apple Daily)は、6月24日付の同紙発行をもって廃刊となった。また、この廃刊に伴い、デジタル版(登録会員は世界中に380万人いて、そのうち有料会員は63万人)によるニュース配信も終了した。
これは、習近平・中国共産党の「合法的な脅しと暴力」による“抹殺”だ。彼らが殺したもの。それは「蘋果日報」という新聞だけではない。言論・表現の自由、とりわけ中国政府や中国共産党を批判する自由を、主権者であるはずの人民(香港市民)やさまざまな香港メディアから奪った。
当局による「蘋果日報」に対する攻撃は今に始まったことではない。例えば、香港行政府は前の長官時代から「蘋果日報」に広告を出す企業に圧力をかけ、そのダメージから同紙の経営は悪化した。経営陣は廃刊を免れるべく2017年に25%の人員削減を断行している。その後、紙よりウェブに比重を高めた同紙は、2019年6月以降の民主化運動を全面的に支援する紙面展開を連日のように行い、若年層を中心に多くの香港市民の支持を得て財務的に持ち直した。
広告主への圧力作戦でとどめを刺せなかった中国当局は、より強引かつ直接的な手を使って「蘋果日報」を“抹殺”することを企んだ。
この1年間の動きを見ると、中国共産党はリミットを決めたうえで、計画的に「蘋果日報」の“抹殺”を進めてきたことがわかる。中国共産党とその傀儡である香港行政府にとって、7月1日の「返還記念日」は10月1日の「国慶節(建国記念日)」同様とても重要な日だ。とりわけ共産党結党100周年となる今年は、共産党を称賛するさまざまなイベントを開催するのに、それを揶揄するような報道は絶対に阻みたい。なので、彼らは2021年7月1日までに「蘋果日報」を廃刊に追い込みたかった。
中国の全人代は、昨年の「返還記念日」の前日(6月30日)に、国安法(香港国家安全維持法)の制定を決め、即日施行した。この法律は日本の戦前・戦中に存在した治安維持法のようなものだが、その施行までは、「香港は中国への返還後も2047年までは一国二制度でいく」という建前上、ある程度の政治的・市民的自由が香港の人々に保障されていた。
だが、この国安法施行によって香港の市民やメディア関係者は、北京や武漢など各都市に住む中国人と同じように、中国政府や中国共産党を批判すれば、「国家の転覆を図っている」などと言われ、投獄されたり資産を凍結されたりすることになった。
にもかかわらず、「蘋果日報」及び同紙を傘下に置く上場メディア企業「壱伝媒」(Next Digital)の創設者・黎智英(Jimmy Lai)は、ツイッターなどで間断なく続けてきた習近平や中国共産党に対する厳しい批判をやめなかった。1989年の天安門事件を契機に中国共産党への不信を強め、香港のメディア界に進出した黎智英は、「CCP(中国共産党)は恫喝することによって人々を隷属させ支配してきたが、私は脅しには屈しない…」とツイートするなど、逮捕覚悟で怯むことなく中共批判を発信し続けた。
そして、ついに昨年8月10日に逮捕され、本年4月16日には実刑判決を言い渡される。「罪状」は過去に無許可集会を組織したとか外国勢力と結託して国家を危機に陥れようとしたとか難癖の類で、当局は黎智英を投獄するだけではなく彼名義の銀行口座を閉鎖するなどして莫大な個人資産を凍結した。
彼が実刑を言い渡された日、黎氏への取材経験もある香港人ジャーナリストが私にこう話した。
「実刑判決は予想していたが、今後、追起訴によって刑期が延びる可能性は濃厚で、72歳の彼には厳しい仕打ちだ。さらに気掛かりなのは、『蘋果日報』が存続できなくなるかもしれないということ。中国政府はここを叩き潰したくて仕方ない。そのうち、記事の内容が国家転覆を図っているとか嘘の報道をしているとか言って廃刊に追い込むかもしれない」
そのわずか2カ月後、彼が危惧した通りの事態となった。
香港保安局は、今月17日に500人余の警官を「蘋果日報」の社屋に出動させて家宅捜索を行なった。彼らは、記者や編集者らが使っているハードディスクドライブ(44台)を押収すると同時に、編集長の羅偉光(Ryan Law)や「壱伝媒」(Next Digital)のCEO張剣虹(Cheung Kimhung)ら5人を国安法違反容疑で逮捕。また、関連する3社の資産、計1800万香港ドル=約2億5600万円を引き出せないように凍結した。
これについて李家超保安局長は、「報道資料の捜索と押収を認めている国安法に基づき発行された令状を得て社屋を捜索し、幹部5人を逮捕した。2019年以降『蘋果日報』の記事の中に、中国政府や香港行政府、及びその関係者に制裁を科すよう外国勢力に呼びかけ、国家を危険に陥れようとしたものが数十本以上あった」と述べた。
事実上のトップである黎智英の逮捕に続いて5人の幹部が逮捕され、しかも黎智英個人の口座に加えて会社の銀行口座も閉鎖されては、新聞印刷にかかる費用を業者に払えなくなるし、700人を超す同社の従業員に給料を振り込めなくなる。こうした事態に追い込まれた「蘋果日報」は、創刊から26年で発刊を停止せざるを得なくなった。
これに伴い700人を超す同社の従業員はすでにほぼ全員が退職届を出し、逮捕・投獄も含めた当局による個々人への弾圧を回避しようとしているが、この先、彼らがどういう仕打ちを受けるかはわからない。
5人が逮捕された翌日付の「蘋果日報」(1部10香港ドル=約140円)は、通常の6倍にあたる50万部を刷ったが、午前中に完売した。そして、最終号となった24日付は、なんと100万部を刷って発行したが、これも同じく完売した。人口700万人余の香港で100万部が発行から数時間で売り切れるという驚くべき現象。これは、自由と民主を求める香港市民の多くが「蘋果日報」への連帯の意思を込めて購入したからで、中にはコンビニや露店で50部、100部と買った後、「代金は支払い済み。自由に持っていってください」などと記したメモを貼り付けた上で人通りの多い路上に「蘋果日報」の束を置いていく人もいる。
気になるのは、100万部を売上げた代金の行方だ。本来ならば販売者はその売上代金の何割かを「蘋果日報」の指定の口座に入金するのだが、当局は幹部5人を逮捕したその日から、そうした振り込みができないようにしている。なので、市民が支援のつもりで大量に買っても、今はその代金が「蘋果日報」に届かない状況になっている。だが、大丈夫。露店で「蘋果日報」を販売しているおばさんは、こう言う。「確かに今は振り込めません。でも、このお金は保管して、いつか振り込める日が来たら必ず蘋果に渡しますから」
デモや集会に参加するなどして逮捕されたのは、黎氏のような著名人ばかりではない。2019年以降これまでに若者を中心に1万人強の香港市民が逮捕され、そのうち2500人ほどが起訴されている。その中には、日本でも馴染みの若手活動家、黃之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)らがいるが、そうした著名人の「見せしめ的逮捕」のみならず、市民を委縮させるさまざまな動きが香港のなかで起きている。
例えば
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