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質の高い議員を選ぶために 衆議院選挙に「予備選挙」の導入を

小選挙区制の弊害是正へ「質の改革」が最優先。定数だけが問題ではない

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

定数は「10増10減」へ。質の問題点こそ洗い出しを

 総務省が6月25日に公表した2020年の国勢調査(速報値)に基づき、衆議院選挙は次々回から定数配分が大きく変わり、15都県に関して「10増10減」の定数是正が行われる見込みとなった。これは、過去3回の衆院選は1票の格差が2倍を超えている「違憲状態」とした最高裁判決に対応するためのものである。今後、衆議院議員選挙区画定審議会において具体的な区割りの作業が行われるので、この定数是正は今秋にも予定される次回の衆院選には間に合わず、次の次の選挙から実施される。

衆院選を巡る「一票の格差」訴訟の弁論が開かれた最高裁大法廷=2013年10月23日、東京都千代田区隼町
 この定数是正は、当然実施すべきものであるが、果たしてそれだけで今日の民主主義社会が必要としている選挙制度の改革は十分なのであろうか。定数是正は数の改革であるが、筆者は、それと同様に重要なことは、質の改革、即ち質の高い議員を選択できる選挙制度の確立であると確信する。ついては、定数是正が行われるこの機会に、選挙制度審議会を中心として、現在の衆議院議員の選挙制度に内在するいくつかの質の問題点を洗い出して、是正策を検討すべきと考える。

逮捕続々・自粛破りに暴言……国民の代表の資格はあるか

 2019年の年末から2021年初頭までの1年余りの間に、3名の国会議員が逮捕され、このほかに1名が在宅起訴となったが、過去の事例と比べると、これは驚くべき数字である。これらはすべて自由民主党所属の議員であり、2名は閣僚経験者、1名は副大臣経験者である。また容疑は、選挙における大規模金銭買収、大臣室での現金収賄、カジノに関する収賄及び証人買収というように政治家として絶対に行ってはならない明白な犯罪である。

公職選挙法違反(買収)容疑で東京地検特捜部に逮捕された前法相を乗せ、東京拘置所に向かう車両=2020年6月18日、東京都千代田区
 このような人々が、なぜ党の公認候補となって当選し、当選回数を重ねるにつれて政務官、副大臣、大臣と要職に任命されたのであろうか。

 また、刑法上の罪には該当しないが、国民が不要不急の外出を自粛している中で、深夜まで銀座で飲食している議員(与党)や、ビザなし交流で北方領土訪問中に旧島民の神経を逆なでする暴言を吐いても悪びれない議員(野党)などは、国民の代表としての資格があるといえようか。

小選挙区制導入25年 弊害の改善は急務

小選挙区制の導入を柱とした政治改革関連法案について、細川護煕首相と野党・自民党の河野洋平総裁のトップ会談が1994年1月28日夜に開かれ、修正のうえ成立させることで合意した。日付が変わった共同記者会見で、合意書に署名する河野総裁(左)と細川首相=1994年1月29日午前0時50分、国会内
 衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されてから25年が経過し、制度自体としては定着しつつあるが、他方で、この制度下では死に票が多く政権党が圧倒的に有利である、あるいは党内での候補者の絞り込みの手順が不透明で、真に有能な候補者が党内の選別で振り落とされるなどの批判もあり、中選挙区制への復活を求める声も少なくない。

 筆者は、中選挙区制にもそれなりの問題があり、小選挙区制と比較して一長一短であるので、直ちに中選挙区制に戻すことは支持できないが、現在の小選挙区制の仕組みには相当の改善が必要と痛感する。

 その最大の問題点は、冒頭に書いたように現行の制度では、国民の代表として真にふさわしい人が選ばれない可能性、逆に言うとふさわしくないような人が選ばれる可能性が少なからずあるということである。

 それは、支持政党の候補者は、党内の密室における協議により一人しか提示されないので、支持政党を主な基準として投票対象を決める場合には、選択肢が一つしかなくなり、その候補者が本当に議員にふさわしいか否かの判断を行いにくい。

1990年12月28日、自民党が小選挙区制など政治改革基本要綱を決めたことを受け、海部俊樹首相の呼びかけで与野党党首会談が個別に行われた。首相は「国会決議にもかかわらず定数格差是正は中選挙区制では至難。選挙制度の根源的改革が必要」と協力を要請。野党側は「40%の得票で80%の議席が取れるのは憲法違反」などと反発し現行制度で定数是正に取り組むべきと主張した
1991年11月19日、小選挙区比例代表並行制の導入断念に対する批判が相次いだ自民党総務会。中央は口火を切った後藤田正晴・前政治改革推進本部長代理。右は加藤六月政調会長。海部内閣で、中選挙区を廃止して小選挙区制と比例代表制の併用型とする改革案を伊東正義本部長と後藤田氏が中心に進めたが、改革慎重派や党内異論から廃案となり、海部内閣退陣(11月5日)につながった

 1990年代に政治改革の一環として小選挙区制の導入が議論されたときに、この制度の難点として指摘されたのは、①候補者目線の立場から、1位になれなければ当選できないことであり、②有権者目線の立場からは、選択肢が狭く、しばしば支持したい候補者がいないことであった。

 長期間にわたる討議の結果選択された救済策は、①の立場の候補者目線の救済であり、具体的には比例代表との重複立候補による惜敗率での復活当選の制度である。この復活当選制度は、小選挙区制を用いている世界の多くの国々の中でも日本だけが採用している「敗者復活制度」であり、後述の通り大きな弊害をもたらしている。

1993年6月14日、宮沢喜一首相の私邸につめかけ直訴する「政治改革を実現する若手議員の会」の議員たち。首相は「今国会で必ず政治改革を実現させます」と言い続けたが法案は成立せず、改革はいったん断念に追い込まれた
1994年11月21日、衆院選挙に小選挙区制を導入するための区割り法(改正公職選挙法)案などの関連法が参院本会議で可決、成立した。これにより、衆院の選挙制度は戦後初めて小選挙区を基調とする制度に改められた

有権者の選択肢は狭いまま 密室での候補者選定

 他方、小選挙区制導入に際し、前記②の難点は救済されなかった。この点に関し、有権者目線の候補者提示方法を実現するための有効な手段は、各主要政党が、候補者を決めるにあたり、党内の予備選挙を行うことである。

 現在のように、党本部の選対責任者が密室で(必要に応じて当該都道府県の執行部との間で話し合いにより)候補者を一人に絞ることは、非民主主義的であり、最善の候補者が提示される保証はない。それに比して、米国などで広く実施されている主要政党内での予備選挙は、全党員が候補者選定に関与できるものであり、完璧な制度ではないとしても、民主主義により近い制度といえよう。

富山市長選で自民が予備選実施、党員は6人から選択

今年の富山市長選では、自民党が6人から1人の推薦候補を決める予備選挙を実施。合同で街頭演説や立会演説会、記者会見などをした。写真は公開討論会=2021年1月26日
 今まで日本の国政選挙で予備選挙が実施されたことはないが、地方の首長選挙としては、今年1月に行われた富山市長選挙における自由民主党予備選挙の例がある。

 これは、名乗りをあげた6人について、同市在住の党員が投票し、党員投票40%、議員投票40%、世論調査票20%の比率で党の推薦候補者を決定する仕組みであった。この結果選出された候補者は、市長選挙において圧勝したが、党員の有権者は、執行部から一方的に提示された候補者ではなく、自らが予備選挙で選んだ候補者に投票出来た次第である。

 なお、過去の自由民主党総裁選挙においても予備選挙は何度か行われたが、これは、党の候補者を直接決める選挙ではなく、都道府県ごとの獲得票数を決めるためのものであるので、いささか意味合いが異なる。

山口3区など各地で激化する公認争い 次々回から予備選導入を

 今秋までに行われる次回衆院選においては、いくつかの選挙区において自民党内で激しい公認争いが予想されている。具体例を挙げると、山口3区の自民党の公認候補者を、現職の河村建夫・元官房長官とするか、あるいは参議院議員からの鞍替えを狙う林芳正・元文部科学大臣にするかである。

 現在の制度では党本部がそれを決めることとなり、河村元官房長官は78歳と高齢であるが、幹事長派閥の重鎮であるので、「現職尊重」の慣例により有利とみなされている。他方、林元文科相(農水相、防衛相なども歴任)は将来の総理候補と取りざたされており、県民の人気は根強いが、自民党の公認候補となれなければ、無所属での出馬の可能性が高いとみられている。また冒頭に掲げた衆議院定数の10増10減により、次々回の選挙からは、山口県の定数が1減となり、それに伴う区割りの変更が予想されるので、それに備えるためにも今回の公認争いは益々厳しいものとなる。

衆議院山口3区内にある宇部市の市長選投開票日に、当選した候補者の陣営に駆けつけ拍手する林芳正参院議員(左)と河村建夫衆院議員(右)=2020年11月22日、山口県宇部市相生町
 これ以外にも、自民党内の公認争いは、群馬1区、静岡5区、新潟2区などを中心に激しさを増しており、小選挙区制導入によって緩和されたはずの派閥の抗争が、公認争いを通じて選挙戦に大きく影響していることを窺わせる。

 有権者の選択がこの派閥抗争によってねじ曲げられることを防ぐために有効な一つの方法が、党員による予備選挙の導入である。次々回の衆院選では、10の県において定数が一つ減少するので、公認争いは益々激化することが予想される。ついては、是非それまでには、主要政党の公認希望者が競合するすべて選挙区において予備選挙を実現するよう、関係者の努力を要請したい。

落選者の比例復活は民意の無視 制限を設けるべし

 小選挙区制度を採用することにより不利となる少数政党の救済のために、比例区を併用することには一定の合理性がある。しかし理解できないことは、衆院選で小選挙区と比例区の重複立候補を認め、小選挙区で落選した候補者のかなりの数が比例区で救済されるという制度である。

 小選挙区で落選した候補者は選挙民によって議員になることを否定されたわけであるが、それを惜敗率という一定の計算によって比例区で復活当選させることは、議員の立場のみを考慮した制度であり、民意を無視したものである。

 前回の衆院選の比例近畿ブロックで実際に生じたケースであるが、97%の惜敗率の候補者が復活当選できずに、同じ政党で惜敗率32%(出馬した京都5区では何と5人の候補者の中で得票数は第4位)の候補者が、その政党での上位の順位付けにより復活当選したが、これはまったく理不尽なことである。

2017年の衆院選で、惜敗率97%ながら比例区で復活当選できなかった馬淵澄夫氏。落選の翌朝、駅頭でマイクを握った。翌々年、繰り上げ当選で国政に復帰した=2017年10月23日、奈良市
2017年衆院選の小選挙区で落選し、惜敗率32%で比例区で復活当選した井上一徳氏=2017年10月22日、京都府舞鶴市

 このような事態を防ぐためには、選挙区候補者の重複立候補は認めずに、比例区候補者は単独立候補のみとするか、百歩譲って重複立候補と一定の復活当選を認めるとしても、例えば、惜敗率90%以下の候補者は復活当選の資格なしとすべきではないかと考える。

「お願い連呼」から「マニフェスト選挙」へ

候補者の名前を連呼しながら、選挙カーから手を振って支持を訴える運動員たち=2014年12月
 公職選挙法上、選挙カーでの選挙運動は禁止されているが、実際に禁止されているのは、選挙カー上での政策演説であって、走行しながら名前だけを言い続けるいわゆる「連呼」は例外として認められている(公職選挙法第140条の2)。この禁止の理由は、選挙カーによる活動が騒音などの関係で市民生活に迷惑をかけることがないようにするためであるが、車上の「連呼」は候補者にとって便利なので、例外とされている。このような選挙規則は、世の中の常識とまったく正反対を向いているのである。

 戦後、何回も選挙制度の改革が実施されてきたが、「選挙で大事なのは、名前を知ってもらうことであり、政策を知ってもらうことは二の次」という時代錯誤的な発想が根本から消えないのがわが国の選挙の実態である。これは民度が低いといわれても仕方がない現実であり、政治家は、選挙民を見くびっていて、政策を説明しても理解してもらえないとでも思い込んでいるのであろうか。

 いうまでもないことであるが、選挙民が投票の基準とすべきことは、その候補者を選べばどのような政策が実施されるかということである。すなわち選挙は公約同士の争い、すなわち「マニフェスト選挙」があるべき姿である。日本の選挙でよく使われる「最後のお願い」とか「どぶ板選挙」などという現象は、民主主義国家として恥ずかしい限りと言わざるを得ない。

1996年10月の衆院選で小選挙区比例代表並立制が初めて導入された。栗本慎一郎氏(自民)は前回、中選挙区の旧東京3区で当選。96年の小選挙区選挙でも新東京3区で当選したが、学者・評論家としての高い知名度を持ちながらもドブ板選挙を強いられた。写真は選挙区内の仮装パレードに参加して支持を訴える栗本氏

ますます重要になる政治家の役割 国民の選択責任も

 筆者は40年余の国家公務員生活を通じて、数多くの国会議員の方々と仕事をする機会を持たせていただいた。その経験から、大多数の議員は、有能、誠実で尊敬できる方であったと断言できるが、冒頭に述べた議員逮捕劇を見ると、必ずしもそうばかりではない

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