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台湾で問われる「民主主義的コロナ対策」とは何か

「偉大なる党」ではなく、「市民」が政治の主体である

許仁碩 北海道大学法学研究科助教(法社会学)

 今年5月10日、「ゼロコロナ」を守ってきた台湾で、国内感染が発見された。5月19日に政府は全国に警戒レベル「第3級」(上から2番目)を宣言した。具体的には、PCR検査の拡大、大人数イベントの停止、労働者への給付金及びオンライン授業の切り替えなど、短期間の集中対策で感染を封じ込めようとしている。人口2300万人の台湾では、5月下旬に全国一日当たりの陽性者数は400~500名前後に推移していた。その数は6月25日以降、2桁まで減少し、現在(7月11日)は31名、最近一週間一日当たり平均31.6名と報じられている。

 実際の陽性者数は他国と比較しそれほど多くないのだが、ずっと「ゼロコロナ」に慣れてきた台湾の人々にとって、心理的な影響はよりはるかに強くパニック状態ともなった。その動揺ぶりは国内外のメディアに報じられ、様々な情報が錯綜している。その中で「民主主義的コロナ対策」に疑問符を付けた見方もある。例えば、「論座」では甘粕代三氏「コロナ対策の“優等生”と賞された台湾、その真相と深層(上)(6月21日付)、(下)(6月27日付)」(以下「甘粕記事」)が掲載された。 当記事は、「民主主義的」と言われていた台湾政府のコロナ対策に対し、「ワクチンの日照り」、「反共嫌中」、「後手後手」と批判をしている。

拡大新型コロナのワクチン供給予定などを読み上げる台湾の蔡英文総統(中央)=2021年5月18日、台北

錯綜している台湾コロナ情報

 甘粕記事は、現在の台湾での状況に対する以下の3つの誤解を与えかねないものとなっている。

 まず、コロナが拡大しワクチンがない中で、中国に逃げるように渡航しワクチンを接種する人が増えているという点。そして、蔡英文政権と敵対する国民党の郭台銘がワクチン調達に成功したとの記述。最後に、コロナ拡大によって蔡英文政権への支持率が2割を切り、不満は8割に上るという指摘だ。これらの事実関係を確認しておく。

 甘粕記事は「すでに6万(の台湾)人が大陸(中国)に渡って接種を受けた」という報道を伝える。しかし、コロナ対策を担当する中央感染症指揮センター(以下「指揮センター」)は、6月15日の記者会見で中国への出国人数は一日当たり400〜600名で推移しており、特に変化が見当たらないと説明している。

 また、甘粕記事は、鴻海(ホンハイ)総帥の郭台銘氏がワクチン調達に成功し「(蔡英文政権はワクチンの)調達でも仇敵国民党の郭台銘にしてやられた」と述べている。しかし郭氏は2019年に国民党を批判する声明書を発表し、脱退している。そして、6月18日に蔡総統はホンハイおよびTSMCと会談し、両社に台湾政府の代理としてワクチンの新規購入を交渉する権限を与えた。蔡英文総統は7月6日に、台湾政府購入分62万回分、日本政府支援分113万回分のアストラゼネカ社製ワクチンが到着する予定、及び上記両社とも交渉を続けていると発表した。現時点(7月11日)までホンハイが「調達成功」の確報はまだ入っていない。

【追記】中央社7月12日付の記事によると、「行政院(内閣)の羅秉成(らへいせい)報道官は12日、台湾積体電路製造(TSMC)と鴻海(ホンハイ)精密工業、鴻海創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が設立した慈善団体がドイツ・ビオンテック製の新型コロナウイルスワクチン計1000万回分を購入する契約を中国の医薬品大手、上海復星医薬の香港子会社と結んだと発表した。」、「蔡総統は先月18 日、TSMCと鴻海が政府の代わりにワクチンの購入交渉を進めることに関し、三者会談で『メーカー(筆者注:ドイツ・ビオンテック)製造、メーカー包装、台湾に直送』の共通認識で合意していた。」と報じられている。(2021年7月13日)

 最後はテレビ局TVBSが5月24日〜27日に行った世論調査を引用し、「蔡英文政権のこの1年の執政に対する満足度は18%まで落ち込み、不満は80%にまで上った。」と述べている。しかし、引用されたのは通常、厳密な方法に沿って行う世論調査ではなく、自局のSNSを通じて行なったネット調査である。後者はSNSユーザーの傾向に左右されやすいため、全体の民意を推論できないとされる。ちなみに、同TVBSが6月7日〜9日で行った定例世論調査によると、蔡英文政権に「満足」と答えたのは38%、「不満足」は49%となっている。

 中国が仕掛けている認知戦(Cognitive Warfare)の渦中にある台湾では、コロナ情勢を巡って様々な情報と思惑が日々飛びかっている。海外の読者どころか、台湾人すら見極めは難しい。メディア関係者はいかにして取材した情報を鵜呑みにせずに、事実関係をきちんと検証した上、冷静に読者に伝えるのかが問われる。

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筆者

許仁碩

許仁碩(シュ ジェンシュオ/Jen-Shuo Hsu) 北海道大学法学研究科助教(法社会学)

1987年生まれ。台湾出身。北海道大学法学研究科博士(法学)。主に警察と社会運動を研究。現NPO法人東アジア市民ネットワーク台湾事務局長、台湾人権促進会執行委員、歴史と人権問題に取り組んでいる。東アジアにおける政治情勢、社会問題、警察政策を中心として「鳴人堂」(Udn opinion)、「轉角國際」(Udn global)でコラムを執筆。「端傳媒」(Initium Media)、Asia Democracy Networkなどデジタルメディアにも寄稿。共著にPolicing the Police in Asia Police Oversight in Japan, Hong Kong, and Taiwan(Springer)、訳書に『憲法九條:非戰思想的水脈與脆弱的和平』(原題:『憲法9条の思想水脈』)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです