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「奴隷解放記念日」を国の祝日にした米国の希望と亀裂

人種をこえて市民がともに自由を祝う日へ

片瀬ケイ ジャーナリスト、翻訳者

 米国テキサス州で最後の奴隷が解放されてから156年にあたる今年、「ジューンティーンス(奴隷解放記念日)」が、連邦の祝日と定められた。その陰には、人種をこえて市民がともに自由を祝う日を夢見て、「ジューンティーンス」の連邦祝日化を訴えてきた一人の黒人女性がいる。しかし、その夢がかなったかと思いきや、米国各地で再び人種問題をめぐる新たな対立も表面化しつつある。

奴隷制が廃止されたのはいつ?

 6月中旬、米国のジョー・バイデン大統領が「奴隷解放記念日」という新たな連邦の祝日を定める法案に署名するのを、身を乗り出して見つめていた小柄な黒人女性がいる。テキサス州からきた94歳のオパル・リーさんである。

 一般に「ジューンティーンス」と呼ばれる6月19日の祝日は、最後まで奴隷制が残っていたテキサス州ガルベストンで、1865年6月19日に奴隷制廃止が宣言された日を記念するものだ。

 南北戦争中の1863年1月1日、リンカーン大統領が奴隷解放宣言を行ったが、すぐに解放された奴隷は一部のみ。南部の州では北軍が侵攻し、解放宣言を執行するまで奴隷制が続いた。南部連合国軍のロバート・リー大将が降伏宣言をしたのが1865年4月9日。当時、テキサス州にはまだ25万人以上の奴隷がいたと言われる。奴隷解放宣言が同州ガルベストンの最後の奴隷に読み上げられるまでに、リンカーン大統領の奴隷解放宣言から2年半あまり、南部連合軍の降伏からさらに2カ月以上が過ぎていた。

 ジューンティーンスは、6月のジューンと19日のナインティーンスを合わせた呼び名だ。黒人住民が多い地域で祝われてきたが、テキサスが1980年に州の祭日として認知すると、他の州もそれに続いた。この黒人の独立記念日ともいえる日を、全市民の祝日にしようと取り組んできた一人が、法案署名に立ち会ったオパルさんである。

最強のおばあちゃん活動家

拡大連邦の祝日となった「ジューンティーンス」を祝い、今年も行進をしたオパルさん=2021年6月19日、米フォートワース 筆者撮影

 合衆国憲法の修正第13条の批准により、公式に奴隷制が廃止された後も、黒人が市民としての権利を得るまでには長い年月がかかった。1964年に公民権法が確立するまで、南部諸州では合法的に「人種分離」政策がとられ、黒人は生活のあらゆる面で差別的な扱いを受けてきた。

 オパルさんの両親は、1939年にテキサス州のフォートワース市に小さな家を買うことができた。近隣住民はほとんどが白人だった。そして奇しくもその年の6月19日、黒人家族が移り住んだことを快く思わない白人の暴徒500人がオパルさんの家を襲い、放火した。オパルさんが12歳の時だった。

 フォートワースに初めてできた黒人用の高校を卒業したオパルさんは、大学および大学院で教育学とカウンセリングを学んだのち、同市の公立学校で15年間教鞭をとった。1976年に教職から退いた後、教会や地域団体とともに黒人の歴史に対する啓発活動や人種格差の解消をめざす市民運動に取り組むようになった。

 そして2016年、当時89歳だったオパルさんは「ジューンティーンス」を全市民の祝日にしたいと、フォートワース市から首都ワシントンまで、毎日2.5マイル(約4キロ)歩き、署名を集めるキャンペーンを思いついた。2.5マイルは、テキサスの最後の奴隷が自由であることを知らされるまでにかかった2年半の象徴だった。

 年齢的なこともあり、首都ワシントンまでの道程を歩くかわりに、「ジューンティーンス」を祝う全米各地を訪れ、訪問先で2.5マイルの行進をして、6月19日の意義と連邦の祝日化を呼びかけた。インスタグラムやツィッターなどのSNSでも積極的に発信。情熱的な語り口で、全米各地の賛同者から「ジューンティーンスおばあちゃん」と慕われ、160万もの署名が集まった。

 「私のような老婦人がテニスシューズを履いて歩けば、注意を向けてくれる人がいるかもしれない」、と「ジューンティーンス」を祝うたびに2.5マイルの行進を続けたオパルさん。コロナ禍でソーシャルディスタンスをとりながら祝った昨年は、オパルさんの後ろに地元の賛同者を載せた300台以上の車が連なった。

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筆者

片瀬ケイ

片瀬ケイ(かたせ・けい) ジャーナリスト、翻訳者

1964年東京生まれ。東京の行政専門紙記者を経て、1995年に留学のため渡米。カンザス大学よりジャーナリズム修士号取得。現在は米国人の夫とともにテキサス州に在住。米国の政治社会、医療事情などを共同通信47NEWSをはじめ、様々な日本のメディアに寄稿している。「海外がん医療情報リファレンス」に翻訳協力するとともに、Yahoo!ニュース個人のブログ「米国がんサバイバー通信」のオーサーでもある。共訳書に「RPMで自閉症を理解する」(エスコアール)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)がある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです