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“頑張ろうよ”ではなく“考えさせられる”表現でありたい~ラッパー・ヘススさん

誰かにとってのルーツはその人の“はじまり”。恥じずに、誇ること

安田菜津紀 フォトジャーナリスト

母はペルー出身、父のルーツは沖縄

 ヘススさんの母は、南米ペルーの出身だ。なんと母方の祖父はサッカーでペルー代表選手に選ばれたこともあるという。

 「俺もサッカーやってみたんですけど、ダメでしたね」

 地元、川崎市観音近くのカフェで生い立ちを語ってくれたヘススさんは、MVでは見られなかったはにかんだ笑顔が印象的な人だった。

 ヘススさんの父のルーツは沖縄にある。沖縄から海外へと移住する人々の歴史は、すでに明治時代から始まっていた。約20万人もが犠牲になった沖縄戦後、米軍による大規模な土地接収や人口増加などの社会背景も重なり、米軍支配下の琉球政府は、積極的に海外移民を進めていった。

 父方の祖父母は戦後、沖縄からペルーに渡り、父はペルーで育っている。そして、父が30代後半になってから、仕事の都合で母や姉と一緒に、故郷である現在の沖縄県本部(もとぶ)町に戻ってきたのだ。

沖縄で生まれ、川崎市に移住

 ヘススさんも沖縄で生まれたが、物心ついた時にはすでに神奈川県川崎市に移り住んでいたため、沖縄の記憶はない。きょうだいは姉が3人、ヘススさんは末っ子だ。一番上の姉とは、17歳年が離れている。

 「上の姉はペルーで学校を卒業してから沖縄に来たみたいですが、在学中だった下の姉ふたりは転入の手続きが上手くいかず、日本では学校に行けていないんです。父親の日本語も片言だったし、そういう壁もあったんだと思います」。

 アルバム『Serpent Temptation』に収録されている『mi testamento』の歌詞には、ヘススさんの幼い頃の記憶が綴られているが、曲の頭から気になる言葉で始まっている。「2150gと小さく生まれた俺を最初に抱いたのは母じゃなく一番上の姉……」と、姉が母親代わりだったことがうかがえた。

 「母親は俺が生まれる前から心を病んでしまっていて、時折錯乱してしまうことがあったみたいです。だから歌詞にあるように、二歳くらいまでは一番上の姉のことを母親だと思っていました。“横にいるおばあちゃん誰だろう”って思ってたら、それが母親だったんです」

昨日のことより鮮明な保育園時代の記憶

拡大1歳10か月ごろ、祖母の家にて(本人提供)
 歌詞は保育園時代の日々に続いていくが、「昨日のことよりその時期の記憶の方が鮮明です」とヘススさんは語る。

 「言葉も通じないし、“あ、俺違うんだな”って分かったの、早かったです。最初の自己紹介で“ヘススです”って挨拶しますよね。次の日には“ガイコクジン、ガイコクジン”って言われてました。子どもは純粋なんで、きっと大人たちの言葉を拾っていただけだと思いますが」

 そうした言葉を投げつけられることに留まらず、砂場の砂をかけられるなど、周囲の態度は徐々にエスカレートしていく。

 保育園から家に帰ると、大好きだった『トムとジェリー』に加え、ホラー映画の『エルム街の悪夢』を何度も繰り返し見ていたという。子ども向けの映画とはとても思えないが、「観ることでストレスを吐き出していた感じですね。それで次の日、強くなった気持ちで保育園に行くようにしていたんです」と、当時の心境を振り返る。

 父は溶接工場の仕事が忙しく、姉たちも働いたため、どうしてもヘススさんを日中、保育園に預けなければならなかったという。

 「家族で一緒に過ごす時間は少なかったんですけど、不思議と“寂しい”って思わなかったんですね。“保育園嫌だ!”という感情の方が大きくて、そっちにマインドを持っていかれてたのかもしれないです」

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筆者

安田菜津紀

安田菜津紀(やすだ・なつき) フォトジャーナリスト

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。写真絵本に『それでも、海へ 陸前高田に生きる』(ポプラ社)、著書に『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』(新潮社)。『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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