民の窮状に「寄り添う」のが政治 締め上げるだけでは国民はついてこない
2021年07月23日
西村康稔経済再生相が国民の猛反発を受け、コロナ感染対策についての発言を撤回し陳謝した。
例えば、東京都幹部は、感染再拡大の中で五輪のパブリックビューイングを開催するおかしさに気付けず進めようとした。五輪組織委幹部は、会場での酒類提供はあり得ないことと理解できなかった。菅政権は都議選の敗北を突きつけられるまで、有観客での五輪開催に問題ないとしていた。
それらの中でも、この度の西村氏の発言は、根深いものがある。
8日、政府が東京都への4度目の緊急事態宣言発出を発表したことに伴い、同日の記者会見で、酒類の提供自粛を求めても応じない飲食店に対し、金融機関や酒類の販売業者を通じて働きかけを強める方針を打ち出したわけだが、緊急事態宣言の効果を実効あらしめる措置として関係方面に事務連絡まで出していた。
西村氏の気持ちも分からないではない、との声も聞く。いくら要請しても守られない。東京の酒類提供はこれまで午後7時までとなっていたが、依然、7時以降提供の飲食店が4割に上るとの報道もある。要請をまじめに守っている者には不公平感が強く、何とかして「お上の威光」を響き渡らせたい、との西村氏の思いは分らないでもない、との指摘もある。
菅義偉総理も当初、西村氏は感染対策で頭が一杯なのだと擁護した。だからと言って、頭のキャパの限界を国民に押し付けられても国民は困るだけだが、そもそも、これだけ繰り返し「緊急事態」を出し、なお、国民に「改めて気を引き締めよ」とするところに無理があるともいえる。
国民にとり、常態化した「緊急事態」に最早何の新鮮味も感じられない。しかも、飲食店は路頭に迷うかどうかの瀬戸際に追い詰められている。給付金の支給は遅れに遅れ、生きるためには背に腹代えられない、との現実がある。
そもそも、国民の「最も弱い急所」を狙って締め上げる、というのがいただけない。
もう一つの酒類販売業者に取引停止を求めるのも別の形の急所攻めに他ならず、要するに「カネ」と「モノ」の両方から締め上げようという。「カネ」は金融庁から金融機関に、「モノ」は国税庁から酒類販売業者にそれぞれ「圧力」をかける。金融庁や国税庁がどういう権限を持っているかは言うまでもない。
そもそも、酒類販売業者が酒の提供を断れば、「飲食店はその業者に二度と注文しなくなるだろう」といわれる。酒類販売業者に飲食店との関係断絶を迫るなら、政府に補償の用意はあるのか、と言いたくなるのは当然で、早速、全国小売酒販組合中央会が自民党にねじ込んだ。
結局、金融機関ルートも酒類販売業者ルートも撤回に追い込まれた。前者は、内閣官房から金融庁を含む各省庁へ7月8日付事務連絡が発出されており、また、後者は、内閣官房と国税庁の連名で酒類業中央団体協議会宛ての同日付事務連絡が出されていた。
更に後者については、この事務連絡に先立ち、6月11日付で、内閣官房と内閣府の連名の事務連絡が地方公共団体に対して出されていたことが判明した。その内容は、酒類販売業者への支援金給付に際しては、酒類提供停止に応じない飲食店との取引停止を誓約させるとしていた。一部自治体では、この事務連絡に従い、既に業者に誓約書を出させているところもあったが、結局、これらのいずれもが撤回されることとなった。
西村氏はこの発言で、自らの本質をさらけ出し、思わず、衣の下から鎧が顔を出してしまった。
しかし、このコロナ禍で国民が窮状に喘ぐ時、こういう姿勢はいただけない。国民はこれでもかと、傷口に塩を塗り込まれる思いだ。「お上の威光が目に入らぬか」だけで国民を率いていけるほど、今の国民に余裕があるわけでない。西村氏は自らの発言で、思わず菅政権の本質の一端を垣間見せてしまった。
政府が五輪の観客数に関しそれまでの有観客から突然無観客に転じたのは、7月7日に東京の新規感染者数が920人に急増したことも去ることながら、都議選での政権与党の敗北が決定的だった。都議選の敗北により、秋の衆院選の行方が、急に実感を持って議員心理に迫ってきた。議員は選挙には敏感だ。
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