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「衣の下から思わず鎧が顔を出した」――西村発言に菅政権の本質を見る

民の窮状に「寄り添う」のが政治 締め上げるだけでは国民はついてこない

花田吉隆 元防衛大学校教授

少し考えればおかしいとわかることが理解できない為政者たち

 西村康稔経済再生相が国民の猛反発を受け、コロナ感染対策についての発言を撤回し陳謝した。

衆院内閣委の閉会中審査で、酒取引停止要請の撤回について答弁する西村康稔経済再生相=2021年7月14日
 西村氏に限らず、少し考えればおかしいと分かることが、国民の反発を受けるまで当人に理解できなかったという事例が、この国の責任者に相次ぐ。

 例えば、東京都幹部は、感染再拡大の中で五輪のパブリックビューイングを開催するおかしさに気付けず進めようとした。五輪組織委幹部は、会場での酒類提供はあり得ないことと理解できなかった。菅政権は都議選の敗北を突きつけられるまで、有観客での五輪開催に問題ないとしていた。

 それらの中でも、この度の西村氏の発言は、根深いものがある。

 8日、政府が東京都への4度目の緊急事態宣言発出を発表したことに伴い、同日の記者会見で、酒類の提供自粛を求めても応じない飲食店に対し、金融機関や酒類の販売業者を通じて働きかけを強める方針を打ち出したわけだが、緊急事態宣言の効果を実効あらしめる措置として関係方面に事務連絡まで出していた。

東京に4度目の緊急事態宣言の発出を決め、会見で説明する菅義偉首相=2021年7月8日、首相官邸
緊急事態宣言を受けて休業した飲食店に、「ともに頑張りましょう」と書いたボードが掲示されていた=2021年7月12日、東京・新橋

 西村氏の気持ちも分からないではない、との声も聞く。いくら要請しても守られない。東京の酒類提供はこれまで午後7時までとなっていたが、依然、7時以降提供の飲食店が4割に上るとの報道もある。要請をまじめに守っている者には不公平感が強く、何とかして「お上の威光」を響き渡らせたい、との西村氏の思いは分らないでもない、との指摘もある。

常態化した「緊急事態」だけで意味があるのか

 菅義偉総理も当初、西村氏は感染対策で頭が一杯なのだと擁護した。だからと言って、頭のキャパの限界を国民に押し付けられても国民は困るだけだが、そもそも、これだけ繰り返し「緊急事態」を出し、なお、国民に「改めて気を引き締めよ」とするところに無理があるともいえる。

 国民にとり、常態化した「緊急事態」に最早何の新鮮味も感じられない。しかも、飲食店は路頭に迷うかどうかの瀬戸際に追い詰められている。給付金の支給は遅れに遅れ、生きるためには背に腹代えられない、との現実がある。

閣議のため首相官邸に入る西村康稔経済再生相=2021年7月20日

国民の急所を狙い撃ちする政府の手法

 そもそも、国民の「最も弱い急所」を狙って締め上げる、というのがいただけない。

7月8日の西村康稔経済再生相の記者会見で配布された「飲食店対策」に関する資料。「金融機関」や「酒類販売事業者」「メディア」などが赤字で強調されていた
 金融機関を使う手法はその最たるもので、飲食店の多くは明日の運営資金にも事欠き、金融機関から借金して営業を続けている。その「カネの流れ」にくさびを打ち込み「糧道を断つ」という。「優越的地位の利用」などと難しいことを言うまでもない。要するに「急所を狙い撃ちする」ということだ。「お上」として考え付きそうなことだが、このコロナ禍でそれは弱い者いじめでしかない。

 もう一つの酒類販売業者に取引停止を求めるのも別の形の急所攻めに他ならず、要するに「カネ」と「モノ」の両方から締め上げようという。「カネ」は金融庁から金融機関に、「モノ」は国税庁から酒類販売業者にそれぞれ「圧力」をかける。金融庁や国税庁がどういう権限を持っているかは言うまでもない。

  全国小売酒販組合中央会の抗議文
 最早、「要請」という行政指導の域を超えた事実上の強制だ。しかし、法は「要請―命令―過料」という流れ以上は想定してない。法の執行に当たる行政庁は、当然、この流れに沿って対策を進めるべきであり、間違っても「裏から手を回し」民を締め上げるようなことがあってはならない。

 そもそも、酒類販売業者が酒の提供を断れば、「飲食店はその業者に二度と注文しなくなるだろう」といわれる。酒類販売業者に飲食店との関係断絶を迫るなら、政府に補償の用意はあるのか、と言いたくなるのは当然で、早速、全国小売酒販組合中央会が自民党にねじ込んだ。

国民はこぞって反発。撤回に追い込まれた政府

 結局、金融機関ルートも酒類販売業者ルートも撤回に追い込まれた。前者は、内閣官房から金融庁を含む各省庁へ7月8日付事務連絡が発出されており、また、後者は、内閣官房と国税庁の連名で酒類業中央団体協議会宛ての同日付事務連絡が出されていた。

 更に後者については、この事務連絡に先立ち、6月11日付で、内閣官房と内閣府の連名の事務連絡が地方公共団体に対して出されていたことが判明した。その内容は、酒類販売業者への支援金給付に際しては、酒類提供停止に応じない飲食店との取引停止を誓約させるとしていた。一部自治体では、この事務連絡に従い、既に業者に誓約書を出させているところもあったが、結局、これらのいずれもが撤回されることとなった。

閣議後の記者会見で「深く反省している」と述べる西村康稔経済再生相=2021年7月13日、内閣府
 西村氏の発言に国民はこぞって反発した。そのやり方が如何にも姑息で、弱い者いじめの印象しかない。西村氏は、国民を「締め上げる」ことは考えても、国民の「窮状」に目を向けようとはしないのか、との当然の反発だ。

 西村氏はこの発言で、自らの本質をさらけ出し、思わず、衣の下から鎧が顔を出してしまった。

菅政権の本質が垣間見えた

東京五輪・パラリンピック向けアプリの事業費削減をめぐり、請負先企業について「脅しておいた方がよい」「徹底的に干す」などと指示したことがわかった平井卓也デジタル改革相=2021年6月
 菅政権には元々こういう体質があり、トップの体質が閣僚に染みわたったとしても不思議でない、との指摘もある。この政権は、官僚にせよIT通信業者にせよ、「締め上げる」ことを第一と考え、「寄り添う」ことは二の次だ。

 しかし、このコロナ禍で国民が窮状に喘ぐ時、こういう姿勢はいただけない。国民はこれでもかと、傷口に塩を塗り込まれる思いだ。「お上の威光が目に入らぬか」だけで国民を率いていけるほど、今の国民に余裕があるわけでない。西村氏は自らの発言で、思わず菅政権の本質の一端を垣間見せてしまった。

 政府が五輪の観客数に関しそれまでの有観客から突然無観客に転じたのは、7月7日に東京の新規感染者数が920人に急増したことも去ることながら、都議選での政権与党の敗北が決定的だった。都議選の敗北により、秋の衆院選の行方が、急に実感を持って議員心理に迫ってきた。議員は選挙には敏感だ。

無観客で行われた東京五輪・サッカー男子の日本―南アフリカ戦。円陣を組む選手たち=2021年7月22日、味の素スタジアム

根底は「五輪への不安」「感染対策への不満」

東京都議選では当初、政権与党内で自公での過半数獲得が楽観視されていたが、想定外の敗北となった。自民党本部の開票センターであいさつする二階俊博幹事長。記者団の取材要請には応じなかった。右は鴨下一郎・東京都連会長=2021年7月4日夜
 都議選敗北の要因として、マスコミは小池ファクターを盛んに喧伝するが、それはあくまで表面的なものだ。根底にある、都民の五輪に対する不安と政府の感染対策への不満こそが真の要因だ。
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