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[5] 歌い継がれるパルチザンの魂 それは恋の歌~「さらば恋人よ」イタリア

伊藤千尋 国際ジャーナリスト

拡大イタリアの三色旗(Roman_studio / Shutterstock.com)

元の歌は民謡 イタリア版「女工哀史」の世界

 この歌には元歌がある。イタリア北部に伝わる民謡で、田植えをしながら女性たちが歌う歌だ。いくつかの歌詞があり、ここからメロディーをとって別の歌詞をつけた、いわゆる替え歌だ。だからだれもがすぐに覚えられた。

 田植えは単調できつい肉体労働だ。彼女らは農民というより農業に従事する季節労働者である。あてがわれた宿舎に集団で収容され、朝6時から、ときには腰まで水に浸かって一日に10時間も働いた。

 過酷な日々を40日ほど続け、それが終わると給料を受け取って地元に帰っていく。報酬は米40キロの現物支給といくばくかの労賃に過ぎない。山本茂美の『あゝ野麦峠』に描かれた日本の女工哀史に出てくる女性たちに似ている。

 最もよく知られている歌詞は、次のようだ。

朝起きるやいなや 私は田んぼに行かねばならない
虫や蚊をはらいながら つらい仕事をしなければならない
監督は棒をもって立ち 私たちは腰をまげて働く
ああ お母さん なんて辛いこと 私はくりかえし自問する
でも、いつの日かみんなが 自由に働く日が来るだろう

 (江波戸昭著『世界の民謡をたずねて』自由国民社、1972年 より)

人間の尊厳と自由を取り戻す民衆の抵抗の歌

 最後のフレーズでもわかるように、ただの労働歌ではない。はっきりとした変革の未来を志向した抵抗の歌だ。今の非人間的な体制を覆し、人間の尊厳と自由を取り戻そうとするプロテスト・ソングである。

拡大(Platova Lera / Shutterstock.com)
 この歌でも「ベラ・チャオ」を何度も繰り返す。ここでは言葉としての意味はなく、かけ声のようなものだ。日本のソーラン節の「ソーラン、ソーラン」のようなもので、リズムがよく、しだいに精神を高揚させる効果がある。

 「さらば恋人よ」は、こうした歌のメロディーのテンポを速め、行進曲風に歌う。作詞者は不明だ。おそらくいろいろな歌詞で歌われているうちに、しだいに固まったのだろう。

 この歌が広まったのは戦後、当時の東ベルリンで開かれた世界青年平和友好祭でイタリアから参加した学生代表が歌ってからだ。日本にもすぐに入り、うたごえ運動に乗って1950年代に全国で歌われた。

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。「九条の会」世話人。主著に『心の歌よ!』(シリーズⅠ~Ⅲ)『連帯の時代-コロナ禍と格差社会からの再生』『凛凛チャップリン』『凛とした小国』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。公式HPはhttps://www.itochihiro.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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