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収賄側(被買収)を罪に問う必要性

日本の検察は歴史に学べ

塩原俊彦 高知大学准教授

 連載「ニッポン不全」の第1回「政治家が検察を使って露骨にすべてを支配する 「検察国家化」の悪夢」において、日本の検察当局のひどさを批判した。そのひどさは深刻さを増している。

 2021年7月6日、東京地検特捜部は、2019年7月の参院選広島選挙区をめぐって、河井克行元法相とその妻、案里前参院議員から現金を受け取ったとして公職選挙法違反(被買収)の疑いで告発された地方議員100人について全員を不起訴とした。買収を受けた収賄側を起訴しないというのは、まったく納得できない。賄賂を受け取る側と贈る側への刑罰の変遷を研究してきた筆者からみると、日本の検察は「腐敗」の歴史を理解しておらず、その役割を自ら放棄しているようにみえる。

拡大東京地裁に入る河井克行元法相=2021年3月23日、東京都千代田区

捜査に協力すれば贈賄側は罪に問われない?

 まず、歴史的にみて日本に多大な影響をおよぼしてきた中国における事例を紹介してみたい。何気なく読んでいたロシア語の記事「中国は3歳児へのシノバックワクチンの接種を恐れない」に興味深い話が掲載されていたからである。といっても、興味をひいたのは記事のタイトルとは関係ない。いわば、シノバック・バイオテック(科興控股生物技術)という会社の「体質」を紹介する部分にあった記述が目を引いたのである。

 記事はシノバックの腐敗体質を紹介している。中国食品薬品監督管理局の元副局長が2002~2013年にワクチンメーカーから50万ドル以上の賄賂を受け取っていたという収賄の罪で10年の実刑判決を受けた裁判で、創業者の尹衛東・最高経営責任者(CEO)はこの役人と妻に2002~2011年に8万3000ドル以上の賄賂を渡したことを認めたというのだ。にもかかわらず、彼は贈賄の罪に問われることはなかった。「尹衛東はこの事件の証人であり、捜査に積極的に協力していた」と記事は伝えている。検察側に協力的であれば、罪に問われないというところが日本の検察に似ている点かもしれない。

 だが、この判断は「英国のグラクソ・スミスクラインを大いに怒らせた」のだという。2014年、中国の裁判所は、同社が医師や役人に賄賂を渡して売り上げを伸ばしたとして、4億9000万ドル相当の罰金を科し、同社幹部数人に2年から4年の執行猶予付き懲役刑を言い渡していたからである。

 こんな事情を知ると、買収などの贈収賄事件が起きたとき、その対応が公明正大でなければ、検察はもちろん、贈賄側も収賄側も公正に起訴しなければ、裁判所を含めた司法制度全般への信頼が揺らぎかねないことがわかる。

贈収賄への対処法:中国

 拙著『官僚の世界史』の「賄賂罪の発生」という節で、「古代中国では、「賕」(賄賂)を受けて法を枉(ま)げることを意味する、「受賕枉法」を罰するようになる」と指摘した。ただし、官僚への「儀礼と刑罰のはざま」で、収賄罪はすぐには定着しなかった。秦になって全国が統一され、中央集権的な国を法によって統治する制度が整備されるようになると、官僚に月俸と給食が穀物で渡される体制(扶持制度)が徐々に整えられる。

 ここに、差別が目に見える形で生まれ、官僚の側に奢りや脅しが生まれ、それが脅迫による贈物の強制につながり、官僚に服従を迫られた民衆にとって官僚による「盗み」を強く意識させるようになったと考えられる。

 前漢時代になると、漢律において賄賂に関する犯罪は窃盗に相当するとされ、盗律に規定されていた。つまり、盗む側である収賄者が罰せられたことになる。

 とくに5世紀、北魏の俸禄制の導入により、官僚の身分が明確化する。この結果、官僚が国から給与を受け取っているにもかかわらず、彼らが別の金銭の授受を行うことへの反発が強まる。ゆえに北魏では、受賕枉法はその多少にかかわらず、死刑とされるまでに至る。

 なお、この俸禄制は均田制が発布された485年の前年に導入されたものである。北魏の官僚には俸禄がなかったため、官僚が民衆から恣意的な徴収を行い、それを収入としていたのだが、これを禁じ、俸禄を与えることにしたのである(均田制はと言えば、周代の井田制[正方形の耕地を九等分し、真ん中を公田、その周りの八耕地を私田とする。八家族は私田をそれぞれ耕作するが、公田は共有地として共同で耕作され、そこでの収穫がすべて税として領主に納められる仕組み]を廃止し、領主や貴族を中核とする地縁・血縁共同体の破壊につながる大胆な改革を意味する。均田制はまず、豪族らの所有地を取り上げることを前提にしている。そのうえで、税と兵役を安定的に確保する制度として住民を戸籍に登録させて、その住民に一代限りの口分田と世襲が認められる永業田を給付し、そこから得られる穀物、織物、労役などを税として課すのである)。

 中国では、時代を経るにつれて、官僚が所轄内から金銭を授受しただけで、罪に問われる唐律の賄賂罪へと変化してゆく。この変化の背後には、中国刑罰が威嚇・予防を目的にしていたことがある。「法を枉げる」ことになりかねない潜在的可能性である「受財」を禁止し、刑法上の罪として「枉法」を予防しようとしたわけだ。唐律に至って、職制律において賄賂罪が位置づけられ、不正な職務、「枉法」の可能性を想定したうえで、それを招来するいくつかの状況を分別して量刑を決めることになった。

 この際、請求を行ったり、金銭をもらって他人のために請求を行ったりする行為主体は官僚に限定されず、官僚である場合には罪が重くなるとされた。他方、唐律では、贈賄により請託をなし、違法行為を行う行為主体である民間人も処罰の対象とされた。ようやく贈賄側も罰せられるようになったことになる。ただし、地方に派遣された官僚が皇帝に納めなければならない税金については、その一部を官僚が収奪しても、それが横領という犯罪行為とみなされることは基本的になかった。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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