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「雇われたディスインフォメーション」規制で情報工作対策を

衆院選が迫った日本では無防備なまま

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年7月25日付のニューヨーク・タイムズ電子版に「『雇われディスインフォメーション』(Disinformation for Hire)という影の産業が静かなブームになっている」という記事が公表された。主にソーシャルメディア上で、不和の種を蒔いたり、選挙に干渉したり、虚偽の話を広めたり、ウイルスの陰謀論を押しつけたりする「サービス」を提供することで、顧客からそのサービス料を得るという民間企業が密にビジネスを拡大しているというのだ。

 拙稿「情報操作 ディスインフォメーションの脅威」で指摘したように、ディスインフォメーションは「意図的で、不正確な情報」を意味しており、日本語では「偽情報」と翻訳されることが多い。こうしたディスインフォメーションは政府やその機関によるマニュピレーション(情報工作)に利用されることが多かったが、情報工作を民間企業が請け負ってビジネスとする動きが世界中に広がっているというのだ。民間企業がディスインフォメーションを流すことで、企業側は顧客に直接的な「悪事」を働いていないとの言い逃れの機会をもつことができる。

世界に広がるディスインフォメーション・ビジネス

Shutterstock.com

 オックスフォード大学インターネット研究所が2021年1月に公表した報告書「産業化されたディスインフォメーション:組織化されたソーシャルメディアによる情報操作の2020年世界目録」によると、「48カ国で活動する企業が政治主体に代わってコンピューターによる宣伝を展開していることがわかった」という。2018年以降、コンピューターによる宣伝をサービスとして提供している企業は65社を超えている。「2009年以降、これらの企業を雇うために、合計で約6000万ドルが費やされていることがわかった」とされている。

 こうした会社は、多重アカウントを開設して「なりすまし」や「サクラ」となって偽装工作をしたり、いわゆるマイクロターゲティング(公開されている国勢調査の結果や有権者の登録情報、クレジットカード履歴などから、有権者一人ひとりの趣味・嗜好を分析して、それぞれに適した電話、メールといった訴求方法で、最適の政策を訴える)の対象者を特定したり、ボット(自動化されたタスクを実行するアプリケーションソフトウェア)などの増幅戦略を用いて特定の政治的メッセージのトレンド化を促したりする。

 これは、顧客に雇われて、ディスインフォメーション工作をサービスとして提供するビジネスであるために、「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)と呼ばれるようになっている。

インドの会社プレス・モニターの場合

 カナダのトロントに拠点を置くプレス・モニターは、ウェブサイト「India Vs. Disinformation」と、同サイトのソーシャルメディアアカウントを作成・管理している。インド政府が運営する数十のツイッター(Twitter)アカウントが、「India Vs Disinformation」の投稿をシェアしており、同社は「India Vs. Disinformation」を利用して、政府寄りのコンテンツを増幅・集約すると同時に、政府の政敵や、現政権に批判的な報道をしている国内外のメディアを対象とした「ファクトチェック」を提供している。

 簡単に言えば、ほとんどの投稿はナレンドラ・モディ首相に都合の悪い報道の信用を貶めたり、批判したりする一方、関連サイトでは、ニュース記事を装ってモディ政権を支持する記事が掲載されていることになる。注目されるのは、ファクトチェックを名目にして、読者に独立したニュースソースと見せかけつつ、実はディスインフォメーションを流すという手法である。

 このプレス・モニターはPR会社であり、いわば政府に雇われてディスインフォメーション工作を堂々と行っていることになる。まさに、「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)企業ということになる。

〝先駆的〟だったDeNA

 前述のオックスフォードの報告書では、日本国内にこうした企業があるとは指摘されていない。しかし、実際にはもちろん、存在する。いわば、「悪事」に携るビジネスだけに、闇に隠れてしまい、その実態はなかなか判然としないのだ。

 日本では、2016年、外部のライターらから記事を募り、それをまとめた「キュレーションサイト」に美容・健康情報・医療などの情報を集め、それを広告収入につなげようとしていたディー・エヌ・エー(DeNA)が記事の無断利用や、不正確・不適切な医療情報の掲載をしてきたことが発覚した。いわば、DeNA自らが主体となって外部のライターを雇い、彼らにディスインフォメーションを書かせていたことになる。

 単刀直入に言えば、検索サイト「グーグル」の検索結果上位に記事が入り、少しでも多くのネット利用者の目に触れる機会を増やして、利用者を「キュレーションサイト」に引き入れることで広告収入に結びつけようとしたのだ。

 2017年3月に公表された「調査報告書」によると、検索結果の上位に表示されやすいようにウェブサイトの内容を最適化するSearch Engine Optimization(SEO)を重視するあまり、記者による安易な「コピペ」を結果的に容認し、著作権の侵害を招いた。

キュレーションサイトの医療情報などが不正確・不適切だったとして記者会見で謝罪するDeNAの(右から)南場智子会長、守安功社長、小林賢治経営企画本部長=2016年12月7日、東京都渋谷区

河井陣営による「ネット工作」

 DeNAによる「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)はその後もさまざまなかたちで継続されていると考えても間違いではないだろう。その証拠は、2020年10月19日に東京地裁で検察側が読み上げたインターネット業者の供述調書にある。これは、2019年7月の参院選広島選挙区の大規模買収事件絡んで、公選法違反罪に問われた河井案里被告の第21回公判において、検察が夫で元法相の克行被告からパソコンの「買収リスト」の削除を依頼されたインターネット業者の調書を朗読するかたちで明らかにされた。やや長いが引用してみよう(中国新聞デジタル202010月19日付を参照)。

 「インターネットやSNS対策を業務にしています。克行先生にネガティブな書き込みがあれば、検索に表示しにくくする、逆にポジティブなことを表示しやすくして、イメージを良くする、そのような業務をしていました。17年秋の衆院選では、克行先生の依頼で選挙に通りやすくなるようなSNS上の工夫をしたり、対立候補のイメージを悪くしてネガティブな記事の工作をしたりしていました。参院選では案里さんのイメージを向上させるようなウェブサイト、SNS、ネガティブ記事の対策を講じていました。克行先生から(参院選広島選挙区に立候補した)溝手(顕正)先生のイメージを悪くするよう言われ、溝手先生のネガティブな記事を投稿していました。架空の人物を名乗り、ブログを書き込み、溝手先生や県連が案里さんをいじめるようなことをしていると、克行先生に確認して記事を投稿しました。」

 まさに、この業者は「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)を実践し、報酬を得ていたことになる。

 他方で、作家、一田和樹は「『右寄りアカウント』フォロワーの大半はボットとサイボーグの可能性」という見方を公表している(サイボーグとはプログラムの支援で高速かつ効率的に投稿を行うアカウント)。どうやら機を見るに敏な自民党は「ネット世論操作」の重要性に2013年には気づき、「『T2』と呼ばれるチームを発足させ、電通および国内ベンダー(IT系の販売企業)の力を得てネット監視体制を作り上げた」のだと指摘している。

衆院選を前に無防備な日本

 衆院選が迫っている日本には、ここで紹介した「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)に対する対策はあるのだろうか。紹介した河井夫妻の利用したインターネット業者のようなビジネスは放置されたままではないか。

 これに対して、 欧州連合(EU)は、2020年12月、「欧州民主主義行動計画」を公表した。そのなかで、EU委員会が立法化を進めているデジタルサービス法に沿うかたちで、いまのディスインフォメーション実践規範をオンライン・プラットフォームの義務や説明責任に関する共同規制枠組みへと再構築する取り組みがめざされている(デジタルサービス法については、拙稿「プラットフォーマー規制をめぐる欧州でのロビイストの暗躍」を参照)。そのために、同委員会は2021年春に同実践規範を強化するためのガイダンスを発行し、その実施状況を監視するためのより強固な枠組みを設けることになっている。

 来春に大統領選や上院議員選を予定するフィリピンの選挙管理委員会は、「選挙期間中のオンラインでの選挙活動に関する新たなルール作りに着手した」と、2021年6月22日付日本経済新聞電子版の記事「選挙の偽情報、各国が対策 SNSなど規制」は伝えている。

 こうした世界の動向に注意を払いながら、日本も一刻も早く「雇われたディスインフォメーション」(Disinformation for Hire)への規制を導入し、悪意をもった情報操作への対応策を講じてほしい。目前に迫った衆院選には間に合わないにしても、一刻も早く規制を導入しなければ、民主主義が大いに毀損されてしまうことになるだろう。