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コロナ禍で正念場に立つ菅義偉首相~身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

入院制限の新方針に世論反発。東京五輪でも反転せず、止まらない支持率の低下。

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

 8月2日、政府は新型コロナウイルス感染症の医療提供体制に関する関係閣僚会議を開き、出し抜けに感染者の入院制限の新方針を打ち出した。

 新方針の核心は、急激な感染拡大に対応するため、中等症以上は入院させるとしてきた従来方針を転換し、入院は重症者や重症化が想定される患者に限り、中等症・軽症の患者は原則、自宅で療養とするというもの。しかも、重症者や重症化が想定されるという場合の基準や判定者も不明確であった。

政府の方針転換に不安の声が大勢

 この方針転換が発表されると、たちまち全国に激震が走り、政府に対する強い反発と不信感が国民の間に生まれた。それどころか、与党内、それも自民党内にも新方針の撤回を求める声が上がっている。

 「自宅だと病状が急変したら死んじゃうね」「どこに連絡すればいいんでしょう」「救急車も足りないらしい」……。

 電車の中で耳に入った年配の婦人の会話である。おそらく、こうした不安を訴える声が世論の大勢となっているのであろう。

発足以来初めて3割を割った内閣支持率

 この件だけでも、内閣支持率は確実に5ポイントは低下するだろう。実際、最近の菅義偉内閣の支持率の低下は著しい。

 五輪閉幕にあわせて実施された朝日新聞の世論調査(8月7、8日)では、支持率が28%と発足以来、初めて3割を割った。不支持率は53%で半数を超えた。東京五輪直前の7月調査(7月17、18日)の支持31%、不支持49%と比べると、どちらも悪化している。

 菅内閣には、東京五輪が始まり、日本選手の活躍が続けば、政権に対する逆風は順風に変わるとの見方もあったが、世論調査を見る限り、そうした気配はない。開会式直後のNHKの世論調査でも、支持率29%、不支持率51%と支持低落に歯止めがかかっていない。

 これでは、コロナの拡大防止やワクチン接種などについて、政府が何を言っても「笛吹けど踊らず」になりかねない。医療崩壊の危険が高まるなど事態が切迫するなか、政権には「しっかりしてもらわなければ困る」というのが、今の世論の流れとなっている。

国民は何に怒っているのか

 高まる一方の世論の反発に直面し、政府は慌てて火消しに動いた。

 8月5日、田村憲久厚労相は国会で「中等症は原則入院、重症化リスクが低い人が在宅になる」と述べた。であれば、どうして最初からそう言わないのか。ただ、これでも「急変したらどうしたらいいのか」という不安には答えていない。

 まさにその日、東京の一日のコロナ感染者数が5千人を超えた。その後も高水準が続き、8月下旬には2万人に達するという推計もある。こうした状況であれば、医療提供体制が逼迫し、これまでの入院・宿泊・自宅療養の体制を変える必要があることは、国民も理解しているだろう。

 だが、今回の新方針を誰が、どのように決めたのか。なぜもっと早く実施しなかったのか。あるいは、いったん決めた方針をすぐに見直さなければならない粗雑さに対して、国民は怒っているのだ。

 そもそも、この問題は1年遅れとなっている。多くの人が指摘するように、昨年のうちに仮設病棟をなぜ、建設しなかったのか。この重大な失政は、コロナ感染拡大に関する政府の甘い見通しによるものだろう。

 確かに、五輪を1年延期すれば、コロナは収束して五輪も開催できるという“楽観シナリオ”に立てば、球場などを借り上げてまで仮設病棟をつくる必要はなかった。だが、現状は、仮設病棟をつくったり、五輪の選手村を活用したりしなければ、病床の不足は格段に深刻になる可能性がある。ここにこそ、この問題の深刻さがあるのではないか。

なぜ会議に専門家がいないのか

新型コロナウイルス感染症の医療提供体制に関する関係閣僚会議で発言する菅義偉首相(右)=2021年8月2日午後5時41分

 現内閣の菅首相への信頼が大きく失墜しつつある理由は、今回の方針の決定、発表の過程にも鮮明に表れている。順を追ってそれを確認してみよう。

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