「不適切な人物」に頼る不安
2021年08月16日
2021年8月5日付の朝日新聞デジタルは、「来月発足するデジタル庁の事務方トップとなる「デジタル監」に、政府は米・マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボの伊藤穣一(じょういち)元所長を充てる方向で最終調整していることがわかった」と伝えている。このニュースを知って、筆者は「不適切な人物」を本当にこの地位に就けるのかと大いなる疑問をもった。
問題点は二つある。第一は、少女の性的虐待などの罪で有罪となった人物による大学への多額の寄付を主導しただけでなく、伊藤の個人的なベンチャー企業2社が、この人物から資金を調達していた点である。第二は、2011年にはネットやデジタルの最先端技術を研究するMITメディアラボの所長に就任していながら、その管轄下にある「オープン農業イニシアチブ」(OpenAg)という研究プロジェクトにおける「不正」を見逃し、MIT自体の信頼を毀損した点だ。
この2点において、「不適切」であると断罪せざるをえない人物をなぜ「デジタル監」に就けようとしているのか。筆者にはまったく理解できない。それほどまでに日本は人材不足なのだろうか。ここでは、伊藤がいかに「不適切な人物」であるかについて論じてみたい。
第一の問題点は、2019年8月にマンハッタンの刑務所の独房で自殺したジェフリー・エプスタイン(享年66)から説き起こさなければならない。「ジェフリー・エプスタインは性犯罪者だった」というニューヨーク・タイムズ電子版の記事によると、彼は1980年代から90年代にかけて、ヘッジファンド・マネージャーとして財を成した裕福な金融業者であった。だが、「何十人もの少女を虐待したとして告発された性犯罪者として登録されている」人物でもある。
というのは、2008年に性犯罪疑惑が浮上した際、彼は未成年者への売春勧誘の罪を認め、服役する司法取引に応じた。といっても、エプスタインは終身刑の可能性を回避し、パームビーチの拘置所で13カ月間過ごしたにすぎない。「エプスタインは、拘留中であっても、1日12時間、週6日、フロリダの事務所で仕事をするために刑務所を出ることができた」(ニューヨーク・タイムズ電子版2019年8月10日付)という。
出所後、彼はイメージアップ戦略として、1990年代初頭からはじめていたハーバード大学への寄付に力を入れるようになる。「ローレンス・H・サマーズ元学長やアラン・ダーショウィッツ法学部教授と親交を深め、後に彼の弁護を担当することになった」と、ニューヨーク・タイムズは書いている。
こんなエプスタインだから、性犯罪への反省はみられず、2019年7月、マンハッタンの連邦検察当局は彼を、14歳の少女の性売買および性売買の共謀の罪で起訴した。保釈を拒否された後、独房で首に傷があり、意識不明の状態で発見されるといった事件があったため、事件後の7月23日に彼は自殺監視下に置かれ、毎日精神鑑定を受けていたとされる。だが、7月29日には自殺監視から外され、特別収容室に戻され、そこで首吊り自殺したものとみられている。
このエプスタインの自殺によって、再び彼が注目されるようになると、それがMITにも飛び火する。エプスタインは、イメージアップの一環としてMITにも寄付をしてきたからである。MITからすれば、性犯罪者であるエプスタインの寄付を受けていたことや、彼と密接にかかわっていたこと自体が「不適切」と映った。
2020年1月に公表された「ジェフリー・エプスタインのマサチューセッツ工科大学との交流に関する報告書」によれば、「調査の結果、2002年から2017年の間に、ジェフリー・エプスタインはMITに対して10回、合計85万ドルの寄付を行っており、そのうち9回、合計75万ドルの寄付は、2008年の有罪判決後に行われたものだった」と記されている(ただし、ハーバード大学の総額[少なくとも]750万ドルと比べると、決して大きな金額ではない)。有罪判決後の寄付はすべて、メディアラボ(52万5000ドル)または機械工学・工学システム・物理学のセス・ロイド教授(22万5000ドル)の活動を支援するために行われたものだ。
ただ、報告書には、「MITへの有罪判決後の寄付は、MITの中央管理部門ではなく、元メディアラボ・ディレクターの伊藤かロイド教授が主導したものであると判断している」と書かれ
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