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タリバンの「勝利」がもたらすものは~米軍撤退に揺れるアフガニスタン②

国際社会が支援してきた民主政権が崩壊。アフガン国民や世界に深刻な影響が……

川端清隆 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

タリバン政権下で懸念される諸問題

 国民の基本的人権は蹂躙されないか

 タリバンは恐怖政治を復活させ、国民の基本的人権を蹂躙(じゅうりん)して、アフガニスタンを中世の暗黒時代に引き戻すのだろうか?

 バイデン大統領は米軍の撤退を宣言する演説の中で、撤退の目的は出口の見えない「米国史上最長の戦争」に幕を引くという、自国の都合による見切り発車であることを隠さなかった。彼は、「我々は国家を建設するためにアフガニスタンに行ったのではない。自分たちの未来と国の運営方法を決めるのは、アフガン人だけの権利であり責任だ」と言い切り、タリバンの復活を事実上容認したのである。

 しかし、タリバンによる人権侵害に対する、国際社会の懸念は深い。

 タリバンは結成当時から、彼らの解釈によるイスラム法の厳格な適用を行ってきた。例えばタリバンは、犯罪者に対して野蛮ともいえる残酷な刑罰を科した。窃盗の初犯の場合、犯人の左手首が切断され、再犯の場合は、残った右手首も切り落されるのである。

 このためタリバンの占領地では、犯罪は著しく減少して、治安はたちまち回復した。長引く戦乱に苦しむ住民は当初、タリバンの恐怖政治を歓迎したのである。

 しかし、アフガン国民のタリバンへの支持は長続きしなかった。タリバンの前近代的ともいえる苛烈な統治が日常生活の隅々まで浸透し始めると、住民の間で徐々に不満が高まっていった。「目には目を」式の前近代的な恐怖政治は、形ばかりの治安の回復をもたらしたものの、現代世界の普遍的な価値や人間性を否定する「墓場の平和」としか言いようのないものであった。

 タリバンが科した日常生活の制約は、音楽の禁止、テレビや映画の禁止、人物を映す写真の禁止、凧揚げの禁止、男性の髭剃りの禁止、ゲームの禁止、サッカーの禁止、など数えればきりがない。

 タリバンの圧政の中でも深刻なものは、シーア派イスラム教徒に対する弾圧であった。タリバンの教義によると、シーア派はイスラム教から逸脱する「背教者(apostate)」であり、異教徒よりも悪質とされた。

 国連は1998年に、シーア派教徒が多いハザラ少数派民族のタリバンによる弾圧を未然に防ぐために、ハザラ族の居住地帯であるアフガン中央部のバーミアン周辺に人権状態の監視を目的とする連絡員を配備した。しかし、タリバンの攻勢によりバーミアンが陥落すると、タリバン兵士は虐殺や性的暴行など、シーア派住民の組織的な迫害をためらわなかった。

 ハザラ族は伝統的に女性の社会進出に寛容で、国連代表団が訪問すると女性のTVクルーがにこやかに出迎えるのが常であった。しかしパーミアン陥落後に、隣国のイランに命からがら逃げ込んだTVクルーとテヘランで再会すると、何が彼女たちの身に降りかかったのか、形相が一変しており、タリバンによる虐待の深刻さを思い知らされることになった。

極端な女性差別政策は再開されないか

拡大17日、アフガニスタンの有力テレビ「トロ」の番組に出る女性キャスター。イスラム主義勢力タリバンが首都を占拠した翌日の16日は、画面から女性キャスターの姿が消えていた=2021年8月17日、同テレビの公式ツイッターから

 タリバンによる人権侵害の中でも最も懸念されるのは、女性に対する周到で徹底した差別政策の再開である。

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筆者

川端清隆

川端清隆(かわばた・きよたか) 福岡女学院大学特命教授(元アフガン和平担当国連政務官)

大阪府出身。通信社を経て1988年より25年にわたり国連本部政治局で政務官として勤務。アフガン和平交渉やイラク戦争の戦後処理に関わった後、2004年以降は安保理担当として第二次核危機以降の北朝鮮の核ミサイル問題に関する審議に関わる。2013年より現職。著書に「アフガニスタン 国連和平活動と地域紛争」(みすず書房)や「イラク危機はなぜ防げなかったのか 国連外交の六百日」(岩波書店)。共著に「PKO新時代 安保理からの証言」(岩波書店)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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