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[2] 奪われた楽園 白人の帝国主義に踏みにじられたハワイ先住民~「アロハ・オエ」

伊藤千尋 国際ジャーナリスト

女王が目指した民族復興 アメリカ人は武力で威圧しクーデター

 カラカウア王が病死したあとは妹のリリウオカラニ女王が継いだ。「アロハ・オエ」の作者である。彼女はインテリであり民族主義者でもあった。即位した直後、アメリカ人が来る前のハワイに戻そうと、新憲法を発布しようとした。

拡大リリウオカラニ女王=ハワイ州観光局の公式ウェブサイトから
 これに対してハワイ在住のアメリカ人は危機感を抱き、武力による政権奪取に乗り出した。ハワイ駐在のアメリカ公使スティーブンスは「アメリカ人の命と財産の確保」を理由に、ハワイに寄港していたアメリカ軍艦ボストンの艦長に乗船していた海兵隊の上陸を要請した。

 上陸した砲兵隊164人の武力を背景にアメリカ人は暫定政府の樹立を発表し、スティーブンス公使は暫定政府をアメリカの保護下に置くことを宣言する。ハワイ政庁に星条旗を掲げ、リリウオカラニ女王を退位させた。アメリカ人による無血クーデターだ。1893年のことである。

米本国が止めても従わぬハワイの米人 ハワイ王国を滅ぼす

拡大クリーブランド米大統領(shutterstock.com)
 ところが、やり口があまりにも露骨で強引すぎる。当時のクリーブランド大統領が特使を派遣して調査させた結果、特使はスティーブンスとハワイの砂糖農園主がたくらんだ不法なクーデターだと本国政府に報告した。政庁の星条旗を降ろし海兵隊には船に戻るよう命じた。違法性が明らかだったのだ。

しかし、ハワイのアメリカ人たちはあとに引かなかった。暫定政府は組織を整えて政権を運営し、翌年にはハワイ共和国の成立を宣言して新ハワイ憲法を制定する。1894年7月4日、アメリカの独立記念日に合わせて。

 翌年、王政派が反乱を起こすが、暫定政府軍に鎮圧された。リリウオカラニ女王は反乱の首謀者として逮捕され、イオラニ宮殿に幽閉された。女王廃位の署名を強制され、ハワイ王国はここに滅亡した。彼女が作った「アロハ・オエ」の楽譜が印刷されたのは、幽閉中の1895年のことである。

拡大1895年に印刷された楽譜の表紙の一部

米国はハワイの人々でなく戦略的価値を重視 進む軍事拠点化

 こうした中でアメリカでは、ハワイの支配を主張する共和党のマッキンリーが大統領に就任した。その下で起きたのが米西戦争である。アジアのフィリピンまでも戦場になると、太平洋の軍事拠点の必要性が強調された。戦争中の議会でハワイをアメリカに併合する案は簡単に議会を通過した。

拡大1941年12月7日(日本時間8日)、真珠湾(パールハーバー)で日本軍の攻撃を受け、黒煙を上げて沈む戦艦アリゾナ
拡大ミズーリ(手前右)の向こうの海上に見られる白い建造物は、日本軍の真珠湾攻撃で沈没した戦艦アリゾナの上に立つ記念館=2001年、筆者撮影

 アメリカは真珠湾の海軍基地としての機能を強化した。1900年にハワイはアメリカの準州となった。この間、アメリカはサモア、グアムも手に入れ、太平洋の各地に拠点を獲得する。太平洋は今やアメリカの海となった。アメリカにとって太平洋における邪魔者は日本だけとなった。ハワイに移民した日系人たちの受難が始まった。

 第2次大戦で日本に勝利し太平洋の覇権を確立した後の1959年、アメリカはハワイをアメリカの50番目の州と認めた。ハワイの人々を白人と同様に見たからではない。冷戦の中でハワイの戦略的な価値を認めたからである。

拡大ハワイには米軍の統合軍・インド太平洋軍(約30万人)の司令部があり、世界情勢を反映した展開が続く。2014年の環太平洋合同演習(リムパック)には日中など23カ国が参加し合同会見に臨んだ。中央はハリス米海軍太平洋艦隊司令官(当時)
終戦時に、日本と連合国との間で交わされた降伏文書の調印式が艦上で行われた戦艦ミズーリ拡大アリゾナ記念館を共に訪れ祈りを捧げた後、真珠湾を背に演説するオバマ米大統領(左)と安倍晋三首相。後方は終戦時に日本と連合国との間で交わされた降伏文書の調印式が行われた戦艦ミズーリ=2016年12月27日、米ハワイ・オアフ島

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。「九条の会」世話人。主著に『心の歌よ!』(シリーズⅠ~Ⅲ)『連帯の時代-コロナ禍と格差社会からの再生』『凛凛チャップリン』『凛とした小国』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。公式HPはhttps://www.itochihiro.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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