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[2] 奪われた楽園 白人の帝国主義に踏みにじられたハワイ先住民~「アロハ・オエ」

伊藤千尋 国際ジャーナリスト

先住民の聖地を破壊する日本企業 かつての白人の狂奔との相似

 こうした歴史を頭に入れたうえで「アロハ・オエ」を聴くと、また違った感慨がある。領土拡張に狂奔する白人の犠牲となったハワイ先住民が、自分たちが主人公だった時代の「ハワイイ」を懐かしむ、望郷の歌とも聞こえる。

拡大ハワイ島北東部のワイピオ渓谷。ここは初めて諸島を統一したカメハメハ大王ゆかりの地で、古くからハワイアンが住み着いた土地だった
 侵入者が領土を奪う行為は過去にとどまらない。今や日本の企業が彼らの土地を荒らしていると聞いて、現地に取材に行ったのは米州特派員時代の2003年3月だった。

 ハワイは八つの大きな島を中心とした130の島から成るが、そのうち最も大きな島がハワイ島だ。先住民の遺跡が残された区域が保護区になっている。

 木彫りのトーテムポールの柱が立つ家で会ったのは先住民のジミー・メデレスさん。口の周りに髭を蓄えた42歳の大柄な男性だ。ハワイ出身の相撲取りだった小錦さんを思わせるが、着ているTシャツには日本のアニメ「ドラゴンボール」の絵が描かれてほほえましい。

 彼に連れていかれた場所は、火山の溶岩が流れて固まった地だ。一角が石垣で囲まれ、立札に「ホクリア」というこの地区の名前が書いてある。

拡大ポリネシア先住民の聖地ホクリア=2003年、筆者撮影
 その下にある「Kapu」という文字は、ハワイ語でタブーを指す。ここは先住民の墓がある聖地なのだ。立札の文は「我々より前にこの地に来た人々を尊重し、ここに入ることは控えてください。遺跡の破壊は州法によって罰せられます」と続く。

 ところが、警告にもかかわらず、聖地は白昼堂々と破壊されている。立札の向こうには日本の企業が作ったゴルフ場が広がっていた。

重要遺跡にゴルフ場開発 遺骨掘り出し除草剤垂れ流し

 メデレスさんは言う。「日本の企業はゴルフ場を作る前に、住民ときちんと話し合うと説明していた。ところが聖地から私たちの祖先の骨を無断で大量に掘り出し、コンテナに積んで運び去った。抗議すると、誤ってやったことだと弁解したが、ブルドーザーで破壊したんだ。過ちでなく故意だ。彼らは私たちの文化を理解していない」

 これって、墓荒らしではないか。あまりにひどい行為である。

拡大聖地の向こうに広がる、日本企業が造成したゴルフ場=2003年、筆者撮影
 それだけではない。

 「彼らは聖地の中に住宅を開発した。私の家族の墓はその下に埋まっている。裁判に訴えて私たちが勝ち、『壊した場所を元に戻すように』という判決が出たが、彼らは骨の一部を戻しただけだ。しかも頭を山に足を海に向けて埋葬すべきなのに、ばらばらに置いた」

 「日本の企業はその後も聖地を壊し続けている。除草剤を使わないと約束しておきながらたくさん使い、しかも海に垂れ流している。聖地ばかりか海まで汚している。彼らはうそつきだ。日本人は祖先を大事にする民族だと聞いていたが、違うのか」

 メデレスさんはコーヒーで名高いハワイ島のコナで生まれた。

 「私は王家の一族の末裔で、ホクリアの聖地の神殿には私のへその緒も収められている。ハワイイ人としての正式な名前はモク・オハイだ。苗字は父方がプハラフアで母方はカフアヌイという。先祖代々、この地に住みつき、神殿と墓を守り、タロイモを生産するかたわら一族の歴史を伝えてきた。自分がハワイイ人であることに誇りを持っている」

ハワイイ人の誇りと怒り 破壊への抗議に応えぬ日本企業

拡大ジミーメデレスさんと、彼が制作したトーテムポール=2003年、筆者撮影
 彼の家の前に立つトーテムポールは、人間が立った形をしている。その口は大きく開いて怒りの表情だ。製作者はメデレスさん自身である。祖先の怒りが表現されているかのように見える。

 地元の環境活動家チャールズ・フレアルティさんに詳しく経緯を聞いた。

 ゴルフ場を造ったのは日本を代表する航空会社で、2001年に公聴会をしたさいに工事の非合法性や雨などで容易にがけ崩れが起きることなどを主張したが、容れられなかったという。海に流入した土砂は300エーカー(約1.2平方キロ)分にもなるという。

 彼は「これが前例になれば組織的な環境破壊が進む。これだけ住民から抗議の声が出ているのに企業側は何も応えていない。地元と協調しようという姿勢ではない。一方で州政府側もなんら罰を課していない」と憤る。工事は私が訪れたときもなお続いていた。

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。「九条の会」世話人。主著に『心の歌よ!』(シリーズⅠ~Ⅲ)『連帯の時代-コロナ禍と格差社会からの再生』『凛凛チャップリン』『凛とした小国』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。公式HPはhttps://www.itochihiro.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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