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国民が乗れる「もう一隻の船」をどう創る いま必要な政権のあり方は~保坂展人・中島岳志対談

深刻な政治全体へのネグレクト。政権運営の質の転換をするために何をするべきか

吉田貴文 論座編集部

 秋の総裁選に向けて自民党内の動きが激しさを増してきました。その後にある衆議院の解散・総選挙に向け、コロナ禍の日本は“政治の季節”に突入します。菅義偉政権の支持が下げまらず、衆院選での苦戦が予想される自民党。かたや、支持率が上向かない与党。有権者に有力な選択肢が示されないなか、政治はどこに向かうのか。このほど刊行された『こんな政権なら乗れる』(朝日新書)で対談した保坂展人・世田谷区長と中島岳志・東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授のお2人に、地盤沈下が著しい日本の政治を立て直すにはどうすればいいのか、政権運営の質を転換するために何が必要なのか、徹底的に討論していただきました。(聞き手 論座編集部・吉田貴文)

◇保坂展人さん、中島岳志さんが新刊『こんな政権なら乗れる』(朝日新書)に込めた思いを語っています。対談をお読みいただく前にご覧ください。(6分13秒)

保坂展人さん拡大
保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、仙台市生まれ。世田谷区長。ジャーナリスト。96年の衆議院選挙で初当選。3期11年つとめる。2011年、世田谷区長に初当選。現在3期目。著書に『闘う区長』『88万人のコミュニティデザイン』など。
中島岳志さん拡大
中島岳志(なかじま・たけし)

1975年、大阪府生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。著書に『中村屋のボース』『保守のヒント』『「リベラル保守」宣言』など。        

吉田 菅義偉政権の低空飛行が続いています。新型コロナウイルスの感染が急増し、医療崩壊のリスクが高まるなか、一部の世論調査では支持率が危険水域とされる「30%割れ」を起こしています。東京五輪での日本選手の活躍で追い風が吹くという政権の思惑は完全に外れました。自民党内では、菅首相の自民党総裁としての任期満了に伴い、駆け引きが激化しています。野党でも秋の衆院選に向けて、いろいろな動きが予想されます。政治の現状をどう見ていますか。

拡大対談する保坂展人・世田谷区長(右上)と中島岳志・東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授(下)=2021年8月15日

6首長の緊急提言で停滞した政治状況に一石

保坂 自民党内では衆院解散や自民党総裁選をめぐり様々な駆け引きがあるようですが、私には現在の日本の状況を踏まえない「コップの中」の争いにしか見えません。いま日本は、コロナの感染爆発に見舞われ、惨憺たる状態にあります。にもかかわらず、政府・与党内は楽観主義や精神主義が支配的で、明確な方針が出せないでいる。感染拡大、犠牲者の増大を前にして、政治が言葉と方策を失っているのです。ただ、実は野党もそうなのです。

 そこで8月12日、東京都の新宿区、世田谷区、中野区、杉並区の4区長、小金井市、多摩市の2市長で緊急提言を出し、政府や与野党に対し、次の衆院選の時期を決めてその間を「政治休戦」にし、全力をあげてコロナ危機の回避にあたるよう呼びかけました。

吉田 緊急提言では「政治休戦」を呼びかけたうえで、具体的提案として、感染爆発地へのワクチンの集中、▽自宅やホテルで療養する患者の診断やリモート診療など、保健所と医療機関が連携できる環境と制度設計、▽入院調整中に利用できる「酸素ステーション」の増設などが挙げられました。

拡大コロナ対策の緊急提言をした東京都内の首長有志の6人。左から吉住健一・新宿区長、保坂展人・世田谷区長、酒井直人・中野区長、田中良・杉並区長、西岡真一郎・小金井市長、阿部裕行・多摩市長=2021年8月12日、都庁

中島 この緊急提言は大変重要な提言だと思います。停滞した政治状況に、大きな一石を投じました。提案を受け,動き出したものもあります。

 現在の政治状況はと言えば、菅政権の支持率が危険水域に入りつつある一方で、野党第一党の立憲民主党の支持率も低迷しています。衆院議員の任期満了近くの衆院選ということで、民主党が政権交代を果たした2009年の麻生太郎政権末期に似ているという指摘もありますが、まったく違います。

 当時は民主党の支持率が自民党を凌ぐ勢いをみせていました。だから、歴史的な政権交代という爆発的なことが起きた。今は、与党も野党も信頼されていないという状況。政治全体の沈没。踏み込んで言えば、国民の「政治へのネグレクト」が起きています。

吉田 政治へのネグレクトは深刻です。信頼されてない政府がどんなコロナ対策を打ち出しても、国民に響かず、効果が出ません。

中島 そんな時、与党内、あるいは与野党で不毛な「政局」をすれば、国民の政治へのネグレクトは加速するばかりです。国民が求めているのは、命の危機に対して、与党であれ、野党であれ、真摯に対応することです。そうした姿を示して、与党も野党も国民の信頼を回復することが今は大切です。保坂さんたちの緊急提言の狙いもそこにあります。

吉田 立憲民主党をはじめ、野党は「政治休戦」に理解を示していますが、政権側は菅首相の解散権を縛るとして、消極的な姿勢を見せています。今後の対応に注目ですね。ところで、保坂さんと中島さんはこのほど、『こんな政権なら乗れる』(朝日新書)を上梓されました。この時期にこのご本をお出しになったのはなぜですか。

国民が乗れる「もう一隻の船」をどう示すか

拡大『こんな政権なら乗れる』(中島岳志、保坂展人、朝日新書)
中島 「菅丸」という船が沈没に向かっているのをみんな知っています。アベノミクスはうまくいかなかった。安倍・菅政権を通じて、コロナ対策はむちゃくちゃだ。にもかかわらず、この船の欄干にしがみついている。乗り移れるもう一隻の船がないからです。

 もう一隻の船に必要なのは政権担当能力です。国民の多くはいまの立憲民主党に半信半疑です。やはり民主党政権の記憶が鮮明で、全幅の信頼を置いているわけではない。

 保坂さんは民主党が政権交代を果たした2009年衆院選で落選。3・11を契機に世田谷区長になり、旧民主党系の国会議員が野党暮らしをしている間、自治体の長として実績を積み重ねてきました。野党がこの10年間示せなかった「もう一隻の船」を、保坂さんは見せてきたのです。

 保坂さんは区長に当選されてすぐ、「5%改革」を宣言しました。「社民党の革新的な人がこれまでの区政がひっくり返すのでは」と構えていた区役所の職員は拍子抜けしたといいます。この5%改革をずっと積み上げてきたのが、この10年の世田谷区政でした。

 リベラルな保守というのが僕の求める政治なのですが、その要諦は、グアジュアルな改革にあります。一気に変えようとする革命には、人間の理性への思い上がりがある。理性への過信をいさめ、長い歴史の中で培われた良識とか経験値を大切にしながら、徐々に変えていきましょうというのが保守です。

 保坂さんの政治の進め方は、まさしくこのリベラルな保守に他なりません。2選目、3選目では、自民党の支持者も保坂さんを支持していることが象徴的ですが、私からみると保坂さんは良質の保守の政治家です。

 野党側に欠けている、具体的な実績と、政権交代をした時にきちんと運営してくれるという安心感を、保坂さんは区長として積み上げてきました。保坂さんのあり方を基軸として、政権交代のあり方を考えたいというのが、この本をつくったひとつの狙いでした。


筆者

吉田貴文

吉田貴文(よしだ・たかふみ) 論座編集部

1962年生まれ。86年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、自民党、外務省、防衛庁(現防衛省)、環境庁(現環境省)などを担当。世論調査部、オピニオン編集部などを経て、2018年から20年まで論座編集長。著書に『世論調査と政治ー数字はどこまで信用できるのか』、『平成史への証言ー政治はなぜ劣化したのか』(田中秀征・元経企庁長官インタビュー)、共著に『政治を考えたいあなたへの80問ー3000人世論調査から』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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