大野博人(おおの・ひろひと) 元新聞記者
朝日新聞でパリ、ロンドンの特派員、論説主幹、編集委員などを務め、コラム「日曜に想う」を担当。2020年春に退社。長野県に移住し家事をもっぱらとする生活。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「積極的平和主義」掲げるなら、急ぎ難民受け入れを
2001年9月11日の米国同時多発テロから2カ月ほど後、歴史家・人類学者のエマニュエル・トッド氏にパリで話を聞いた。犯行グループであるイスラム過激派組織アルカイーダをかくまっているとして、米国などがタリバン政権のアフガニスタンに軍事作戦(いわゆる「対テロ戦争」)を始めた直後だった。
彼が一連の出来事を読み解く視点は、それまでにフランスで話を聞いた外交官や安全保障の専門家とはかなり異なっていた。
まず、テロの背景としてイスラム圏諸国が「近代化」というプロセスにあることに注意を促した。
近代化が始まると社会は大きく動揺し、場合によっては全体主義的な支配や大量虐殺といった危機も経験する。それを過ぎ社会が安定に向かうとともに、出生率の急速な低下(合計特殊出生率が2~3人に)などの現象が見られる。イスラム圏の多くの国でも出生率の低下などが顕著で、「近代化の危機をくぐり抜けつつある」と指摘しながら、変化の受け入れに依然として苦しんでいる国々への懸念を語った。
「イスラム圏の主要な国の中で、まだ大きく動いていない国が三つある。米国にはお気の毒だが、サウジアラビアとパキスタンとアフガニスタンだ。近代化の入り口にさしかかっているかもしれないが、3国は出生率の変化が一番遅れていて、まだ女性1人あたり6人くらいだ。危機の時代には、生活や考え方の急激な変化で必ず暴力が登場する。それがイスラム過激派だ。伝統的なシステムへの別離の叫び声のようなもので、忍耐強く待たねばならない」
ただ、それでもアフガニスタンも「近代化に向かっていると思う」とつけ加えていた。(朝日新聞2001年11月21日付け朝刊「テロは世界を変えたか」)
長い間、社会の土台となってきた価値観が、時代から退場を迫られている。いわばその断末魔がテロとなって現れているという見方だ。2カ月ほど前に起きた劇的な出来事とそれに続くめまぐるしい展開の意味を、数百年あるいはそれ以上の長い時間軸の中で示して見せた。
長いものさしによる分析を聞きながら、日々のニュースに追われるばかりで、いつの間にか重要な視点を見落としていたことを思い知らされるインタビューだった。
外交官や安全保障の専門家の話が的外れだというのではない。当面の危機を回避し犠牲を最小限に食い止めようとすれば、明日何をするべきかという視点は必要だ。
けれども「忍耐強く待つ」しかない部分もあるという視点を考慮すれば、明日とるべき対応もちがってくるだろう。たとえば軍事的手段への傾斜は、政治の民主化や社会の近代化といった根本的な問題解決とは関係なく、むしろ逆効果になる危険さえはらむ。
だが、「忍耐強く待つ」というのは、政治的には受け入れがたい選択肢なのだろう。
実際、米国に「忍耐強く待つ」べきものを見きわめる視点はなかった。そして、その軍事行動に続く混乱を恐れて国際社会も急いだ。