イスラム教徒カメラマンが見た東京五輪 スーツケースいっぱいのハラル料理が活躍
食事、礼拝堂……多様な宗教や人種に配慮した取材環境の整備が必要な時代に
海野麻実 記者、映像ディレクター
ハラルのレトルト・瓶詰めを持参したマレーシアのカメラマン
これに関しては、選手に宗教などを配慮した食事が提供されるのと同様の対応がプレスにされることを期待するのはどうか、という声も多く上がる一方、多様性が配慮されるべき国際的な大会での対応としては不十分ではないかという指摘も見られた。
では、実際にイスラム教徒の報道関係者らは、どのように今回の日本における五輪取材を乗り切っていたのか。そこからは、必ずしも不満ばかりではない、試行錯誤しながらなんとか対応した様子が浮かび上がってくる。
マレーシアから先月18日に日本入りして取材を始めた通信社のカメラマンは、フェイスブックにその日食べた食事をこまめに投稿していた。そこには、メディアセンターで提供されたらしき食事の写真は一切ない。
彼が食べているのは、母国から持ち込んだ大量のインスタントラーメンや、マレーシア人の日常食である、たっぷりのスパイスで米を炊き込んだレトルトのビリヤニなどだ。電子レンジでチンすればすぐに食べられるようパックされたハラルの簡易的な食事を、合わせて30kg以上も持ち込んだという。
「スーツケースは丸ごと1つ、ハラルの食料でした。事前に現地ではハラルの食事が簡単に入手出来ないということは分かっていたので、大量に持ち込んだのです」

マレーシア人カメラマンが東京五輪取材用に持ち込んだレトルトのハラル料理。簡単にハラル料理を食せないことを想定し、スーツケースに入れて30kg以上持ち込んだという Facebookより

母国マレーシアから持参した小魚の入ったスパイス、サンバルの瓶詰めを日本のコンビニエンスストアで購入した食パンの上に乗せて食べるなど工夫を凝らしていた Facebookより
彼が持ち込んだ食事は、レトルト食品だけではない。マレーシア人の国民食とも言える、ナシレマなどに添えるサンバルと呼ばれる小魚などが入ったペーストの瓶詰めも持参。コンビニエンスストアで買った日本製の食パンの上にサンバルをたっぷり乗せて食べるなど、工夫を凝らしていた。「郷に入っては郷に従え」の精神で、ハラール料理が簡単に入手できるわけではないことを想定して、準備してきたのだという。
さらに、「このコロナのパンデミックの中で、感染対策を厳重に行いながら運営をするのは本当に大変だと思う」と、日本の五輪運営に至るまでの経過を慮り、感謝の言葉も述べた。
日中はバナナや水でしのぐ
イスラム教徒でも戒律をどの程度守るかは国や個人によってまさに十人十色であり、海外滞在中にはハラルであるかを気にせずに豚肉にチャレンジしたり、お酒を楽しんだりする強者もいれば、上述のカメラマンのように敬虔な信者の場合は自ら安心して食べられるハラル食を旅程分きっちりと持ち込むケースも少なくない。
しかし、少し申し訳ない気持ちになったのは、それらのレトルト食品を彼らの仕事の主戦場である取材現場まで持ち込むのが難しいことだ。料理を入れる皿も必要であり、電子レンジで温めなければ食べられない。そのため、持ち歩いて気軽に食べることはできず、たまに立ち寄るメディアセンターなどで唯一食べることの出来るバナナなどの果物と水で日中はしのいでいるという。
現に、ある一日の彼の食生活を聞くと、
朝食:バナナ
昼食:取れず
夕食:取れず
夜食:米(レトルトのビリヤニ)
という状況であった。
「断食月には私たちは日中飲食は控えるので、それを思えば慣れているので大丈夫です」と言うものの、深夜まできちんとした食事を口に出来ない状況は大変だろうと想像する。宅配で注文も出来るが、様々な試合会場の近くで、ハラル対応をしているお店を選ぶのは容易ではない。コンビニで販売されているものに「ハラールロゴ」が書かれた商品はほとんどなく、原材料の日本語表示が読めずに、購入を躊躇してしまったという。

各国のメディア関係者が作業するメインプレスセンター=2021年7月20日、東京都江東区