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アフガン情勢は国際関係に深刻な影響をもたらすのか~世界秩序を守るための中長期的視点

タリバン動向が未知数の中、各国関係は複雑化。軍事行動の前に外交を尽くせ

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 米軍の撤退と瞬時で起こったカブールの陥落はいくつもの重大な懸念を生んでいる。政府を打倒したイスラム主義勢力タリバンが、どういう統治を行っていくかは未だ不透明ではあるが、間違いなく地域情勢の流動化につながるだろうし、アフガニスタンが再び過激派テロ組織の温床になるのではないかという懸念は強い。それだけではなく、米軍の性急な撤退がもたらした混乱は米国の威信を傷つけ、米国内政に与える影響も大きい。

 ただ、最も重要なのは、アフガン問題が国際関係に与える中長期的な意味合いなのだろう。米国は「力の行使」に対し、今後より慎重になっていくのだろうが、国際的な秩序を守るために国際社会はどう考えていくべきか。日本は単に米国に追随するという姿勢ではなく、懸念に向き合っていかねばならない。

拡大陥落したカブール=2021年8月(john smith 2021 / Shutterstock.com)

米軍撤退も協力者退避も完了せぬうちにカブール陥落

 2001年9月11日に同時多発テロが発生した時、米国のブッシュ政権はテロが起きるのはテロを庇護する政府がいるからだとして、同年10月、同時多発テロを実行したテロ組織アルカイーダを支援してきたアフガニスタンのタリバン政権を有志連合諸国とともに攻撃し、崩壊させた。その後、国連の下で国際治安支援部隊(ISAF)が組織され、北大西洋条約機構(NATO)と米国を中心として最大時14万人の兵力が派遣された。同時に民主的政府の樹立、国づくりのための経済的支援が国際社会の協調の下で進められた。

 そして2012年以降撤退作戦が開始された。しかしタリバンが再び勢いを取り戻し治安が悪化した結果、撤退は進まなかったが、トランプ政権下で2020年2月、タリバンと一定の合意(2021年5月までの完全撤退と引き換えに外国軍への攻撃停止、アルカイーダなどのテロ組織と連携しない)が成立した。合意を引き継いだバイデン政権は本年8月末までに撤退を完了させる旨明らかにし、撤退を進めた。

 しかし軍の撤退も民間関係者やアフガン人の協力者の撤退も完了しない間に、タリバンは各州都への進撃を進め、カブールも陥落するという事態となった。

拡大アフガニスタンの駐留米軍撤退に向けた合意に署名する米国のカリルザード和平担当特使(壇上左)と、タリバン政治部門トップのバラダル幹部(壇上右)。国連や関係国の代表者らが会場で署名を見届けた=2020年2月29日、カタール

性急な撤退に米国内外から強い批判

 バイデン大統領は、米国の作戦の目的はテロの防止であり、その目的は達成されている、米国が支援してきた30万のアフガニスタン国軍が戦う意思がない時に米国人が戦うことはできない、として撤退自体を正当化したが、その性急な撤退の態様については米国内外から強い批判を受けることとなった。

 米国は同時多発テロを引き起こしたアルカイーダを壊滅させるために軍事行動を起こしたが、同時にアフガニスタンに民主的政府を樹立し、日本を含む国際社会の援助を動員して治安の回復と国づくりを主導してきたわけでテロ防止だけが目的ではなかったはずだ。またアフガニスタン国軍にしても米国の空と陸での支援の下にタリバンとの戦いを進めてきたわけで、その支援がなくなった時総崩れとなったのだろう。このように米国は同盟国との十分なシナリオのすり合わせなく、タリバンと政府の和平合意も半ばで、一方的に撤退することは「裏切り」であるという批判もされている。

 とりわけ「タリバンがカブールに達するには今後2-3年かかる」という情報評価の誤りを指摘する向きは多い。今後、未だ多数残っていると言われる外国人や米国への協力者を安全に退避させることが出来ない場合には事態は一層深刻化する。仮に外国人や協力者の退避には成功したとしても膨大な避難民の問題はどう解決していけるのか。

拡大治安維持の名目で、カブール市内に展開するイスラム主義勢力タリバンの特殊部隊とされる画像。8月23日、タリバン構成員が朝日新聞に提供した

バイデン支持率下降 撤退の是非でなく態様が政治問題に

 米国内においてもアフガン問題を機にバイデン大統領支持率は下降している。

 アフガンからの撤退はブッシュ、オバマ、トランプと三代の大統領が試みてきたが、タリバンの攻勢の前に完全な撤退には踏み切れなかった。バイデン大統領は上院外交委員長の時代から米軍の駐留に否定的で、オバマ政権の副大統領としても米軍増派に反対していた。

 大統領として米軍関係者の反対にかかわらず8月一杯での完全な撤退を主導したわけで、米国人関係者の安全な国外移送を実現できない場合にはバイデン大統領個人に対する批判が強まることは必至だ。

 世論調査によれば米国民の7割は撤退に賛成しているが、撤退の是非ではなく撤退の具体的態様が来年の中間選挙に向けて大きな政治問題となるのだろう。

拡大アフガニスタン政権崩壊と米軍撤退について演説するバイデン米大統領=2021年8月16日(john smith 2021 / Shutterstock.com)

筆者

田中均

田中均(たなか・ひとし) (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2006年4月より2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、2019年11月10日刊行)、『日本外交の挑戦』(角川新書、2015年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、2009年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年)など。 (Twitter@TanakaDiplomat)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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