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コロナ禍と表現~人間らしく生きることは不要不急か/指揮者・大野和士との対話(前編) 

コロナ禍で市民社会は権力によってだけでなく自ら進んで萎縮的になっていないか

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

生命・安全と自由とのバランスを模索

 当時、ヨーロッパから、オーケストラ演奏とコロナウイルスについての情報も入り始めていたが、大野氏は、そのデータを「ばからしい」と言い切った。

 「あまりにばからしい数字が来ました。2メートル離れることから始まり、それらのデータを元にするとヴァイオリン8本、コントラバス2本等々。これに基づいて演奏すると、モーツァルトの小規模なシンフォニーですら、後ろの方のホルンの音やリズムなんかよく聞こえないような状態です。演奏を成立させるのには実効的ではない数字だと考えました」

 ウイルス対策をしつつ、オーケストラの核心を犠牲しない演奏を実現する。そうしたギリギリのバランスを模索する作業が不可欠なのだ。そして、これはオーケストラに限られない、生命・安全と自由との厳格なバランシングという、社会のあらゆる場面で問われるべき主題を内包している。

 「演奏するときに、それぞれの奏者がどこまで寄り添い、お互いの音を聴き合えるのかというオーケストラの根本的なニーズがあります。お互いの音が聴こえる距離で、しかも衛生面も担保できる距離を模索しました。ヴァイオリンの並び方でも、少し角度をつけるとお互いが聴こえやすい、とかね。工夫すればいいんです。
お客さんに対価を求めるわけですから、それに相応しい演奏をできなければ意味がないんですよ」

「0か100か」という思考停止へのカウンターケース

 コロナ禍の日本社会では、要請という名の無機質かつ暴力的な制約と、これに従った非現実的な商品やサービス提供がまかり通った。例えば、営業態様を無視した飲食店への“一律”規制、学校の教育現場での子どもたちへの非人道的な教育環境強制などだ。そして、これには権力側だけではなく、それを受けた市民社会や我々の「思考停止」が加担した側面が強い。

 都響と大野氏の独自検証によるコンサート再開へのプロセスは、「0か100か」という思考停止へのカウンターケースとしても記憶されるべきであろう。

拡大大野和士さん=2021年7月26日

コロナ禍で奪われた原始的な「身体性」

 法律家として、少しお堅い憲法論をすれば、表現の自由は自己の考えを表明するという個人の自律の価値はもちろん、民主主義社会を構成するためにも不可欠なものとされる。しかし、コロナ禍で、我々はこの自明にも見えた自由と民主主義の関係を再定位することに迫られている。

 音楽表現にとっても民主主義社会においても、生身の個人が顔を突き合わせて時間と空間を共有するという原始的な「身体性」が極めて重要である。この「身体性」をコロナ禍は奪った。3密回避、ソーシャルディスタンス、そしてリモートである。

 マエストロはこのコロナ禍での身体性の欠如をどう受け止め、また、切り抜けたのか。

 「去年4月に都響でもリモートで演奏をしました。そのためだけに楽団員に集まってもらって演奏をした。医者や看護師に聴いてほしい、加えて、おうちで困っている親子に聴いてほしい、という二本立てのコンセプトで行ったんです。双方がそれぞれ20万回再生され、これはこれでとてもよかったと思っています。このようにリモートは手段としては有用な面はあります。しかし、突き詰めていくと、やはり生じゃないとダメだ、というところに戻ってきたんです」

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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