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人口減少・経済成熟・気候変動を前提に社会システムの変革を~真のゼロカーボン社会へ(上)

エネルギー源だけのゼロカーボンは不十分

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

有権者の総意となったゼロカーボン目標

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第6次評価における第1作業部会(自然科学的根拠)の報告書を2021年8月9日に公表した。今後、2022年2月に第2作業部会(影響・適応・脆弱性)、3月に第3作業部会(気候変動の緩和)の報告書が公表される予定で、総合して第6次評価報告書となる。

 第1作業部会報告書の最大のポイントは、人為的な気候変動について、科学的に疑う余地がないと明言したことにある。報告書は「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」として「気候システム全般にわたる最近の変化の規模と、気候システムの多くの側面の現在の状態は、何世紀も何千年もの間、前例のなかったもの」と記述している。また「人為起源の気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象に既に影響を及ぼしている」ことを明示した。

 そして、気温上昇は温室効果ガスの累積排出量に比例しているとして、今後の温室効果ガス排出量を大幅に減らす必要があるとしている。「世界平均気温は、本報告書で考慮した全ての排出シナリオにおいて、少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続ける。向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21世紀中に、地球温暖化は1.5℃及び2℃を超える」と記述し、一定レベルで気候変動を抑えるためには、遅くても今世紀後半に温室効果ガス排出量をゼロにしなければならないとしている。

imacoconut/shutterstock.com拡大imacoconut/shutterstock.com

 つまり、あらゆる国・地域がゼロカーボン社会を目指さなければならないことが、本報告書によって科学的に自明となった。そうでなければ、人類の種としての存続が強く脅かされるからである。本報告書について、より詳しく知りたい方は、報告書執筆者の一人である国立環境研究所地球システム領域副領域長の江守正多氏の解説動画をご覧いただきたい。上記の報告書引用は江守氏の解説に依拠している。

 以上の観点から、菅義偉首相による「2050年カーボンニュートラル」宣言は、妥当と評価できる。政府は「2050年までの脱炭素社会の実現」(第2条の2)を明記した地球温暖化対策推進法改正案を国会に提出し、2021年5月26日に参議院にて全会一致で可決成立した。

 今や、ゼロカーボン社会を目指すことは有権者の総意となった。立憲民主党などの野党は、かねてよりゼロカーボン社会の実現を掲げており、ゼロカーボン社会の目標そのものは、国政の争点でなくなった。

 国政上の争点は、ゼロカーボン社会のビジョンにある。ゼロカーボン社会とは、どのような社会なのか、どのように実現するのか、生活や経済はどのようになるのか。与野党いずれも、それらを具体的に示す段階にある。

エネルギー源だけをゼロカーボン化するビジョン

 さて、総選挙の最大争点が国家方針の選択になると、筆者は解説してきた。自民党を中心とする与党ブロックの国家方針「経済的価値を最大化するため、個人重視・支え合いを定める憲法を改正し、国家重視・自己責任を名実ともに追求する」を選ぶのか、それとも立憲民主党を中心とする野党ブロックの国家方針「社会的価値(経済的価値+非経済的価値)を最大化するため、これまでの国家重視・自己責任の政策を改め、個人重視・支え合い(憲法の国家方針)を名実ともに追求する」を選ぶのか、有権者が問われている。詳しい論旨は『論座』に寄稿した〈「現在の延長線上にある未来」か「もう一つの未来」か――総選挙の最大争点は国家方針の選択だ〉をご覧いただきたい。

 与党ブロックと野党ブロックの国家方針の違いは、ゼロカーボンという目標が同じであっても、まったく異なる社会ビジョンを導く。言い換えれば、ゼロカーボン社会という言葉が同じであっても、意味することがまったく異なる。そのため、それぞれのゼロカーボン社会ビジョンを明確にしなければ、有権者は混乱してしまう。それどころか、政治家の間でも混乱し、すれ違いの議論が続けられ、結果的に目標の達成を妨げてしまうだろう。

 多くの人々にとってイメージしやすいのは、与党ブロックの国家方針に基づくゼロカーボン社会ビジョンである。この国家方針の目標は「経済的価値の最大化」にある。そのためには、これまでの経済成長をもたらした既存の産業・エネルギー構造を基盤とすることが適当となる。国と大企業が中心となって、これまで国内外で営々と積み上げてきた生産ラインやインフラ、技術への投資をアドバンテージにできるからだ。

 具体的には、産業や社会の構造をそのままにして、エネルギー源だけをゼロカーボン化するビジョンである。エネルギー源だけをゼロカーボン化するには、原子力発電の維持・拡大、火力発電と二酸化炭素回収・貯留技術(CCS/CCUS)の併用、火力発電燃料のアンモニアへの転換、これらの電力へのエネルギー源の一元化が主な方法となる。再生可能エネルギーもある程度は用いられるが、電力の需給調整を従来の垂直統合型システムで行うことを前提にすれば、火力発電などによる調整が不可欠となる。そのため、再生可能エネルギー100%社会となることはない。原発はシステム上、不可欠でないが、供給ベースを大容量で確保できるため、重宝される。

 実際、菅政権では、エネルギー源だけをゼロカーボン化する「夢の新技術」が重視されている。菅首相は「2050年カーボンニュートラル」を宣言した2020年10月26日の所信表明演説で、ゼロカーボン社会実現の「鍵となるのは、次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションです。実用化を見据えた研究開発を加速度的に促進します」と述べている。

エネルギー基本計画案を議論する有識者会議であいさつする梶山弘志経済産業相=2021年8月4日、東京都千代田区拡大エネルギー基本計画案を議論する有識者会議であいさつする梶山弘志経済産業相=2021年8月4日、東京都千代田区

 また、エネルギー基本計画素案概要(2021年8月4日版)は「2050年カーボンニュートラル実現に向けた課題と対応のポイント」として「電力部門は、再エネや原子力などの実用段階にある脱炭素電源を活用し着実に脱炭素化を進めるとともに、水素・アンモニア発電やCCUS/カーボンリサイクルによる炭素貯蔵・再利用を前提とした火力発電などのイノベーションを追求」し「非電力部門は、脱炭素化された電力による電化を進める」としている。また「産業部門においては、水素還元製鉄や人工光合成などのイノベーションが不可欠」と「夢の新技術」に強く期待している。

 他方、野党ブロックの国家方針に基づくゼロカーボン社会ビジョンは、曖昧としてイメージしにくい。なぜならば、国家方針の転換に伴って変革された社会を前提とするからだ。

 この曖昧さは「現状維持バイアス」によって増幅される。これは、政策を変化させることのデメリットを過大に認識させ、政策における「惰性」を引き起こし、政策変更の阻害要因となる。経済協力開発機構(OECD)のガイドブックは「参照点は通例、現状であるため、代替となる選択肢の特質は現在の状況と比較して有利または不利と評価され、それらの選択肢のデメリットはメリットよりも大きく見える」と解説している。(OECD『環境ナッジの経済学』明石書店、2019年)

 それでは、野党ブロックの「個人重視・支え合い」の国家方針を採用する場合、ゼロカーボン社会のビジョンはどうなるのか。

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筆者

田中信一郎

田中信一郎(たなか・しんいちろう) 千葉商科大学基盤教育機構准教授

博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学政治経済学部専任助手、横浜市地球温暖化対策事業本部政策調査役、内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員、内閣官房国家戦略室上席政策調査員、長野県企画振興部総合政策課・環境部環境エネルギー課企画幹、自然エネルギー財団特任研究員等を経て、現在に至る。著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』『信州はエネルギーシフトする』、共著に『国民のためのエネルギー原論』『再生可能エネルギー開発・運用にかかわる法規と実務ハンドブック』などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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