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「炭素の価格付け」が地方再生の切り札になる~真のゼロカーボン社会へ(下)

国はデジタルとエネルギーを一体化した新産業創出の後押しを

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

失敗を続けてきた自民党政権の産業政策

 これまで、経済政策は自民党政権の十八番と見なされてきた。戦後の経済成長を実現し、時々の景気変動に対しても、それなりに対応してきた。一方、バブル経済の崩壊後、自民党を中心とする政官財の癒着構造が経済停滞の一因と指摘されたが、小泉純一郎政権の誕生によって、その悪評を払拭したかに見えた。2008年の世界金融危機(リーマンショック)は、麻生政権での問題であったが、2009年に誕生した民主党政権で影響が大きく噴出したため、自らの失敗を「悪夢の民主党政権」と転嫁することで、第二次安倍政権の樹立にこぎつけた。安倍政権は、前例のない大規模な金融緩和を中心とする経済政策「アベノミクス」で、輸出企業の業績と株価を上昇させることに成功した。

 しかし、産業政策では、高度成長の後から現在に至るまで、自民党政権は失敗を続けてきた。戦後の自民党政権(保守政権)は、農林水産業から軽工業、軽工業から重工業へと、産業政策で成果をあげてきた。だが、1970年代にオイルショックで高度成長が終わると、その後の産業政策は迷走続きとなった。列島改造論で建設産業・不動産産業が新たな成長産業になるかと思われたが、バブル経済の崩壊で潰えた。次に、金融ビッグバンで金融産業が伸びるかと思われたが、度重なる不祥事と不良債権の末、最終的に世界金融危機で終わった。今や、オリンピック、万博、カジノと、巨大イベントが産業政策として語られるようになった。

東京五輪閉会式=2021年8月8日、東京・国立競技場東京五輪閉会式=2021年8月8日、東京・国立競技場

 つまり、自民党政権(保守政権)の産業政策は、戦後の20年間こそ一定の成果をあげたが、その後の50年間、失敗続きだったのである。バブル経済では、建設産業、不動産産業、金融産業を成長産業に見せたが、一時的にうまくいっただけで、総合的に経済へのマイナスとなった。

 失敗の原因は、偶然でなく、自民党政権の伝統的な国家方針に基づく構造的なものである。2000年代までの自民党政権の国家方針は「非経済的価値に配慮しながらも経済的価値を拡大するため、個人重視・支え合いを憲法(タテマエ)として残しつつ、国家重視・自己責任を政策(ホンネ)として追求する」ものであった。国際的には「自由民主主義体制」と呼ばれ、経済成長と民主主義の発展の二兎を追う政治経済体制であり、いわゆる西側の先進工業国に共通の体制であった。この体制は、アメリカの巨大な富と、発展途上国からの安価で安定的な資源供給を前提としていたため、ニクソンショックとオイルショックによって存続困難となり、多くの国が経済の一兎を追うようになった。

 自民党もそのことは認識しており、1980年代の中曽根政権から国家方針を徐々に変質させ、経済的価値(経済成長)に政策の重点を置き、民主主義などの非経済的価値よりも重視するようになった。それでも、福田政権が公文書管理や気候変動政策を重視したように、2000年代は伝統的な国家方針を完全転換するには至っていなかった。新たな国家方針「経済的価値を最大化するため、個人重視・支え合いを定める憲法を改正し、国家重視・自己責任を名実ともに追求する」を確立したのは、第二次安倍政権からである。菅政権もこれを継承し、憲法改正という「名」に重点を置いていた安倍政権に対し、経済政策という「実」に重点を置いている。

 菅政権の産業政策は、デジタルとエネルギー源のゼロカーボン化を二本柱としている。デジタル社会基本法とデジタル庁をつくり、2050年カーボンニュートラルを宣言した。デジタル技術とゼロカーボン技術に多額の予算をつけ、関係する産業を振興する政策だ。安倍政権で重視されたイベント産業政策よりは、産業政策としては馴染みあるものである。

 けれども、従来の社会構造をそのままに、新たな産業だけを勃興させようとする点で、過去の失敗パターンを引き継いでおり、菅政権の産業政策は失敗に終わるだろう。なぜならば、人口増加・経済成長・小さな環境制約という、これまでの政策や社会の前提を変えようとしていないからだ。前提条件が現実と真逆である限り、どれだけ資金や知恵を投じても成果に至らない。

国家方針の転換で可能となるデジタル×ゼロカーボン産業政策

 日本に住む人々が長期にわたって安心して暮らしていくため、いかなる産業を基幹として持続的に価値を生み出していくのか。一つあるいは少数の産業を基幹とするのでなく、市場のダイナミズムに基づく多様な産業群が基幹となることは疑いないだろう。それでも、現代の経済では、政府(企業・家計に対する)が大きな主体の一つで、市場の運営を担っていることから、政府の産業政策による影響は無視できない。

 広く同意されているのは、他の産業への意見はどうあれ、デジタル分野とエネルギー分野が基幹を担うとの見通しである。両分野は、技術とビジネスモデルのイノベーションが早く、大きな利益を生み出すケースもあって、産業革命のような状態になっている。よって、菅政権の認識そのものに問題があるわけではない。

 問題は、デジタル分野とエネルギー分野をそれぞれ別の産業分野と見なすか、それとも一体的な産業分野と見なすかの違いである。一見すると些細な違いに思えるかもしれないが、実際には決定的な分岐点となる。

 前者は、現在の社会構造を前提としたままデジタル産業とエネルギー産業を振興するのに対し、後者は、社会構造が変革されて初めて実現する新しい産業である。後者を実現するには、ゼロカーボンの都市構造と同じく、人口減少・経済成熟・気候変動という新たな前提に基づく社会システムの変革を必要とする。

 そのため、後者の新たな産業を生み出すためには、やはり国家方針の転換が求められる。自民党政権の国家方針では、デジタルとエネルギーを一体化した新たな産業を生み出すことはできない。なぜならば、既存の産業を温存することと、新たな産業を生み出すことが、ぶつかり合うからである。

 デジタルとエネルギーを一体化した新たな産業を生み出す必要条件は、発送電の完全分離を中核とするエネルギー市場の改革と、送電網の近代化(デジタル化)への投資にある。これらの政策は、経済界の中枢たる大手電力会社の短中期的な利益や資産、市場価値を損ない、日本経済のマイナスとなるおそれがある。少なくとも、送電網から得られる莫大な利益が、電力会社ホールディングスに入るのでなく、送電網近代化への投資に使われる。それは、火力発電所や原子力発電所を中心とする電力システムを維持するのであれば、不要な投資である。費用回収の終わった発電所や送電網への投資を極力抑え、利益最大化を追求するのが、大手電力会社の経営判断として合理的である。また、株価などの短期的な日本経済にとっても合理的な判断となる。

 一方、この必要条件の整備によって生み出されるのは、再生可能エネルギーの供給変動とエネルギー消費の需要変動のミスマッチについて、デジタル化された電力市場での需給調整を行うデジタル企業群(ヴァーチャル・パワー・プラント)である。

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 送電網が公共化され、デジタル技術によって近代化されれば、電力市場は売値・買値がリアルタイムで変動する株式市場と同様の動きになる。発送電の完全分離をすれば、市場価格を自由に操作できる企業もなくなる。すると、再生可能エネルギー設備を所有する生産者にとっても、エネルギーを使う消費者にとっても、価格変動の影響を防ぐため、市場との間を取り持つ仲介企業と契約することが合理的となる。その企業は、一定の価格・条件で生産者・消費者と契約する一方、デジタル技術を駆使して顧客の生産者・消費者のエネルギー需給を調整し、トレーダーのように電力を売買し、利ざやを稼ぐ。それら企業は、個別に見れば利益を追求していることになるが、全体として見ればミスマッチの調整をリアルタイムで行っていることになる。

 これらデジタル企業群は、再生可能エネルギー生産を効率化しつつ、消費側の人々や企業の便益をできる限り損なわずに、エネルギー消費を効率化することで、利益を最大化できる。そのため、中小零細企業やスタートアップ企業であっても、デジタル技術に秀でていれば利益を確保できる。

 これは、国家方針の転換と新たな産業政策がなければ、再生可能エネルギー100%社会が実現しないことも意味する。現在の経済や社会の構造のまま、エネルギー源だけを再生可能エネルギーに切り替えることは、システムとしてできないのである。

 そして、

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