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「炭素の価格付け」が地方再生の切り札になる~真のゼロカーボン社会へ(下)

国はデジタルとエネルギーを一体化した新産業創出の後押しを

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

国家方針の転換で可能となるデジタル×ゼロカーボン産業政策

 日本に住む人々が長期にわたって安心して暮らしていくため、いかなる産業を基幹として持続的に価値を生み出していくのか。一つあるいは少数の産業を基幹とするのでなく、市場のダイナミズムに基づく多様な産業群が基幹となることは疑いないだろう。それでも、現代の経済では、政府(企業・家計に対する)が大きな主体の一つで、市場の運営を担っていることから、政府の産業政策による影響は無視できない。

 広く同意されているのは、他の産業への意見はどうあれ、デジタル分野とエネルギー分野が基幹を担うとの見通しである。両分野は、技術とビジネスモデルのイノベーションが早く、大きな利益を生み出すケースもあって、産業革命のような状態になっている。よって、菅政権の認識そのものに問題があるわけではない。

 問題は、デジタル分野とエネルギー分野をそれぞれ別の産業分野と見なすか、それとも一体的な産業分野と見なすかの違いである。一見すると些細な違いに思えるかもしれないが、実際には決定的な分岐点となる。

 前者は、現在の社会構造を前提としたままデジタル産業とエネルギー産業を振興するのに対し、後者は、社会構造が変革されて初めて実現する新しい産業である。後者を実現するには、ゼロカーボンの都市構造と同じく、人口減少・経済成熟・気候変動という新たな前提に基づく社会システムの変革を必要とする。

 そのため、後者の新たな産業を生み出すためには、やはり国家方針の転換が求められる。自民党政権の国家方針では、デジタルとエネルギーを一体化した新たな産業を生み出すことはできない。なぜならば、既存の産業を温存することと、新たな産業を生み出すことが、ぶつかり合うからである。

 デジタルとエネルギーを一体化した新たな産業を生み出す必要条件は、発送電の完全分離を中核とするエネルギー市場の改革と、送電網の近代化(デジタル化)への投資にある。これらの政策は、経済界の中枢たる大手電力会社の短中期的な利益や資産、市場価値を損ない、日本経済のマイナスとなるおそれがある。少なくとも、送電網から得られる莫大な利益が、電力会社ホールディングスに入るのでなく、送電網近代化への投資に使われる。それは、火力発電所や原子力発電所を中心とする電力システムを維持するのであれば、不要な投資である。費用回収の終わった発電所や送電網への投資を極力抑え、利益最大化を追求するのが、大手電力会社の経営判断として合理的である。また、株価などの短期的な日本経済にとっても合理的な判断となる。

 一方、この必要条件の整備によって生み出されるのは、再生可能エネルギーの供給変動とエネルギー消費の需要変動のミスマッチについて、デジタル化された電力市場での需給調整を行うデジタル企業群(ヴァーチャル・パワー・プラント)である。

TRR/shutterstock拡大TRR/shutterstock

 送電網が公共化され、デジタル技術によって近代化されれば、電力市場は売値・買値がリアルタイムで変動する株式市場と同様の動きになる。発送電の完全分離をすれば、市場価格を自由に操作できる企業もなくなる。すると、再生可能エネルギー設備を所有する生産者にとっても、エネルギーを使う消費者にとっても、価格変動の影響を防ぐため、市場との間を取り持つ仲介企業と契約することが合理的となる。その企業は、一定の価格・条件で生産者・消費者と契約する一方、デジタル技術を駆使して顧客の生産者・消費者のエネルギー需給を調整し、トレーダーのように電力を売買し、利ざやを稼ぐ。それら企業は、個別に見れば利益を追求していることになるが、全体として見ればミスマッチの調整をリアルタイムで行っていることになる。

 これらデジタル企業群は、再生可能エネルギー生産を効率化しつつ、消費側の人々や企業の便益をできる限り損なわずに、エネルギー消費を効率化することで、利益を最大化できる。そのため、中小零細企業やスタートアップ企業であっても、デジタル技術に秀でていれば利益を確保できる。

 これは、国家方針の転換と新たな産業政策がなければ、再生可能エネルギー100%社会が実現しないことも意味する。現在の経済や社会の構造のまま、エネルギー源だけを再生可能エネルギーに切り替えることは、システムとしてできないのである。

 そして、

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筆者

田中信一郎

田中信一郎(たなか・しんいちろう) 千葉商科大学基盤教育機構准教授

博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学政治経済学部専任助手、横浜市地球温暖化対策事業本部政策調査役、内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員、内閣官房国家戦略室上席政策調査員、長野県企画振興部総合政策課・環境部環境エネルギー課企画幹、自然エネルギー財団特任研究員等を経て、現在に至る。著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』『信州はエネルギーシフトする』、共著に『国民のためのエネルギー原論』『再生可能エネルギー開発・運用にかかわる法規と実務ハンドブック』などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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