米国のアフガン撤兵で揺らぐ同盟諸国――国際秩序の運営に緊張感を
2021年09月04日
バイデン政権は、就任後短期間で目覚ましい成果を挙げた。目玉政策である1兆ドル規模のインフラ投資法案も8月10日に上院を通過し、もう一つの3.5兆ドルの環境や福祉分野の対策は、24日、下院で予算決議が可決、近く関連法案の審議に入る予定だ。この2つは政策の中核であり、それが成立に向け着々と進捗しているのは政権として心強い。
ところが、好調な時こそ思わぬ落とし穴が待っている。
ところで米国がアフガニスタンからの撤兵に踏み切ったのは、既に20年も経ち、もうそろそろ終わりにすべきだという米国民の強い厭戦気分があったためだが、もう一つ、対中政策に集中したいとの思惑もあった。バイデン外交の基本は、同盟国を巻き込み対中政策を強化することだ。アフガニスタンから撤兵すれば、その兵力をアジアにシフトさせることができる。
SPDといえば、衰退過程に入って長く、抜けようともがけばもがくほど深みにはまっていくとの印象しかない。ところが、この半ば忘れられた政党が、過去2か月の間に突如復活、ついに一部世論調査でCDU/CSUを抜くまでになった(8月24日付の世論調査会社Forsa。23%対22%で首位)。
これには、SPD内ですら「信じられない」との声が相次ぐ。場合によっては、同党の党首代行で首相候補のオラフ・ショルツ財務相がメルケル首相の後任になるかもしれないのだ。SPDが突然変貌したのは何が原因か。
SPDの復活はショルツ氏に原因があり、同氏がこの2か月、突如脚光を浴びることとなった結果SPDの支持率も上がった、というのが事の真相だが、では、同氏が何か特別のことでもしたのかというとそうでもない。
それどころか「ショルツは何もしていない」。しかし「何もしてないからいいのだ」と一部のうがった見方は言う。つまり、同氏は、財務相として日々業務を淡々とこなしていただけだが、気が付けば有力なライバル二人が落伍していたというわけだ。そういう大きな敵失をライバルが犯した。
そのうちの一人。メルケル後継の最有力候補とされていたのは1月にCDU党首に選出されたばかりのアルミン・ラシェット氏だ。ところがこのラシェット氏、7月にドイツを襲った洪水の現地視察でミソをつけてしまった。視察の合間に取り巻きと笑いながら話すさまを写真に取られてしまったのだ。これは痛恨の過ちといっていい。
かつて日本でも、当時の森喜朗首相が、日本の海洋実習船と米海軍原子力潜水艦が衝突した「えひめ丸事故」の際、事故の一報を耳にしたにも拘わらずゴルフ場から離れなかったとして世論の批判を浴び、その後退陣につながっていった例があるし、民主党の菅直人首相も東日本大震災の対応でもたついたことで、その後の民主党の凋落を招いてしまった。
政治家は、危機の時こそ日頃の研鑽の成果を発揮すべきであり、それこそを有権者が目を光らせて見守っているのだということを、政治家はゆめゆめ忘れてはならないのだ。
ラシェット氏は、元来、気さくで陽気なラインラント地方出身の人物だ。平時には、こんな付き合いやすい人はいない。しかし危機の時、この資質が逆にアダとなる。犠牲者が200人を超す洪水被害が出る中、どういう状況であったにせよ、取り巻きと笑い合うようでは危機の指導者として失格だ。
単なる「陽気なおじさん」でしかなかった、と見られたラシェット氏は支持率をじりじりと落とし、直近ではついに14%(週刊誌Spiegel、8月18日~25日調査「首相として最もふさわしいのは誰か」)と緑の党の候補(17%)にも及ばないまでになった。実に危機対応の巧拙こそが政治家の運命を左右する。
CDU内には、ラシェット氏と争ったもう一人の候補、マルクス・ゼーダー氏に首相候補を差し替えられないか、といった声も聞かれるが、選挙まで1か月を切った今となってはとてもできる話でない。
さて、敵失を犯したのは二人だ。もう一人の緑の党、アンナレーナ・ベーアボック氏も評価を落とした。こちらは、経歴詐称や著書の盗作疑惑が影響した。
国民は政治家に大きな権限を委任する。首相にでもなれば一国の浮沈さえをも左右する。そういう政治家が信頼に足るか否か、国民にとりないがしろにできることではない。
ベーアボック氏はこの信頼を傷つけた。メルケル後という重要な局面でこういう人物に国のかじ取りを任せていいのか、ということだ。結局、「不信感を拭えない人物」と見られた同氏の支持率もまた下降線を辿るしかなかった。今となってはこちらも、もう一人の共同代表ロベルト・ハーベック氏を選んでおけばよかったとの声が聞かれる。
つまりショルツ氏は積極的に評価されたというより、消去法で支持を広げた(Spiegelの調査「首相として最もふさわしいのは誰か」で29%)。ショルツ氏が急速に伸びていったのは7月からだから(7月初めの支持率、18%前後)、この2か月弱で世論が大きく動いたことになる。
ショルツ氏は、堅実な実務家だ。既に財務相として十分な実績がある。これまた堅実なメルケル氏の後任として抜群の安定感だ。「他の二人ではどうも頼りない。やはりメルケル後は安定感ある政治家がいい」との声が高まるにつれショルツ株が上昇していった。選挙が一か月後に迫る中、「陽気」「不信」対「実績」となれば、「実績」が選ばれるのは当然だ。
尤も、ドイツの場合、いずれにせよ2乃至3党の連立政権にならざるを得ず、組み合わせによっては、得票が最も多かった政党でも首相を出せないということが起こり得る。今のような三つ巴の情勢では、少数派の自民党、左派党を含め、あらゆる組み合わせが可能だ。数か月はかかると見られる連立交渉の結果いずれの政党が首相を出すことになるか、現段階では見通せなくなってきた。
更に、総選挙の9月26日までまだ1か月弱ある。その間、政治の世界に何が起きるかわからない。
とりわけ不気味なのがアフガニスタン情勢だ。自国民や協力者の退避作戦に少しでも混乱が生じれば、即、政権批判につながると見られていたが、これは、26日の爆破事件を受けドイツ政府が早々と作戦終了を宣言することで回避した。
残るは、今年中に最大50万人に達するとも見込まれるアフガニスタン難民だ。今のところ、この一か月で大量難民が発生する恐れは低いと見られているが、2015年の難民危機の例もある。何か起きれば、選挙の行方が左右されるのは必至だ。
もう一方の日本。こちらは、先の横浜市長選挙で、菅内閣の閣僚を辞して立候補した自民党の小此木八郎候補が18万票もの大差で敗退したことにより、先行きが一気に不透明になった。総理のおひざ元でこれだけの大敗なら、不満は全国に広がっているに違いない。総選挙を前に永田町に激震が走った。
不満のもとは何といっても新型コロナ対応だ。
ついに恐れていたことが現実になった、というのが偽らざるところだ。新規感染者が爆発的に増加し「制御不能」となったことも去ることながら、医療体制が全国各地で崩壊、感染しても十分な医療を受けられないかもしれないという事態は、国民として到底受け入れられることでない。
いつ急変するかわからない病状を抱え、まずは自宅に止まり自力で戦え、よほど悪くなれば入院先を探さないでもないが、見つかる保証があるわけではない、では、国民は怖くて仕方がない。ここに至り、新型コロナとの戦いはこれまでとは様相を一変、我々は新たな局面に入ったといわざるを得ない。これまでの新規感染者数に一喜一憂していた時とはわけが違う。
そういう状況を招いてしまった政権に国民の不満が爆発するのは当然だ。全国には、菅総理に対する忌避と怨嗟の声が渦巻いている。
しかし、総理に対する不満は感染状況が悪化したことだけにあるのではない。「総理は国民にしっかり向き合っていない」「総理は我々の声を聞こうとしない、我々に訴えかけようとの気がない」との声も重要だ。つまり総理の「対話力」不足だ。
番頭がいきなり店主になったような菅総理にとり、「国民と向き合い、その声に耳を傾け、これに訴えかける」ことなど、これまで考えなかったに違いない。
しかし実は、その権力を支える最も根底の部分に国民の支持があり、その支持が揺らげば権力もぐらつかざるを得ず、従って、国の最高指導者の最大の仕事はこの支持を取り付けることなのだ、ということに思いを致すべきだった。番頭は仕事で実績を挙げればいい、そうすれば国民はついてくる、というのは、店主になればもう通用することではない。
それでも平時ならそれですんだかもしれない。しかし危機にあって、国民に語り掛けられない指導者など、どれほどの価値があろう。チャーチルもルーズベルトも、国民に語りかけ、これを鼓舞しえてこそ参戦に進むことができた。それができない指導者では、国民は一丸となって危機克服に立ち上がろうという気にどうしてもならない。
ところがその後、事態が急展開していく。岸田氏の記者会見は思わぬ反響を呼び、岸田氏を評価する声が一気に高まっていく。何より、そこで岸田氏が強調した「党役員人事を、一期一年で三期まで」とする提案に、菅総理が敏感に反応した。
この2、3日、菅総理は、外堀が徐々に埋められていき、断末魔のあがきを見せるかのようだった。結局、最後は、総理自ら求心力喪失を認めざるを得なくなった。
今後の展開は予断を許さないが、総裁選にはさらに何人かの者が名乗り出るものと思われる。重要なのは、総裁選でどれだけ真剣な議論が戦わされ、従って、新たに選出された総裁に国民がどれだけ希望を託せると思うかだ。但し、これは自民党総裁選の話でしかない。
日本の政治の最大の問題は国民に選択肢がないことだ。選択肢は、政党を選ぶことでなく、自民党の中の誰を選ぶかでしかない。自民党総裁を選ぶのは自民党員だけだ。日本国民はどんなに頑張っても、ドイツ国民が「CDU/CSUに代えてSPDを選ぶ」というような政党選択ができない。これこそが日本が抱える最大の問題だ。
指導者は危機の時ほどこのことを忘れてはならない。無論、それは、有権者が選挙で責任ある行動をとってのことだ。有権者の厳しい一票があってこそ、指導者は国民の存在を忘れられなくなる。
同盟網強化を期するバイデン政権にとり、同盟各国の政権基盤は盤石であってほしい。しかし、期せずして同時に、16年間のメルケル政権は終わりを告げることとなり、7年余りの安倍政権を継いだ菅政権も短命の内に終わりを迎えた。22年4月のフランス大統領選挙も加えれば同盟網の核となる3か国が、今、政権の移行期にある。
そういう米国自身、
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