メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

菅総理の断末魔のあがき、メルケル後継候補に急変~日独政治は不透明に

米国のアフガン撤兵で揺らぐ同盟諸国――国際秩序の運営に緊張感を

花田吉隆 元防衛大学校教授

「何もしていない」だけで復活したSPD 相次ぐ敵失

 SPDの復活はショルツ氏に原因があり、同氏がこの2か月、突如脚光を浴びることとなった結果SPDの支持率も上がった、というのが事の真相だが、では、同氏が何か特別のことでもしたのかというとそうでもない。

 それどころか「ショルツは何もしていない」。しかし「何もしてないからいいのだ」と一部のうがった見方は言う。つまり、同氏は、財務相として日々業務を淡々とこなしていただけだが、気が付けば有力なライバル二人が落伍していたというわけだ。そういう大きな敵失をライバルが犯した。

拡大演説するドイツ社会民主党 (SPD)の首相候補ショルツ氏=2021年8月27日、ベルリン(photocosmos1 / Shutterstock.com)

最有力だったCDU党首は痛恨の過ち 災害視察で笑い顔

 そのうちの一人。メルケル後継の最有力候補とされていたのは1月にCDU党首に選出されたばかりのアルミン・ラシェット氏だ。ところがこのラシェット氏、7月にドイツを襲った洪水の現地視察でミソをつけてしまった。視察の合間に取り巻きと笑いながら話すさまを写真に取られてしまったのだ。これは痛恨の過ちといっていい。

拡大独与党CDUのアルミン・ラシェット党首=2020年2月14日(photocosmos1 / Shutterstock.com)
 危機に見舞われた時、指導者がどう行動するか、有権者にとり、指導者の資質を見極めるにこれほどいいチャンスはない。果敢に危機に立ち向かい、臆することなく迅速に対応すれば指導者としての評価は上がるが、逆に、対応に逡巡し、打つ手打つ手が後手に回るようだと評価は一気に下がる。

稚拙な危機対応は日本でも。森喜朗首相と菅直人首相の教訓

 かつて日本でも、当時の森喜朗首相が、日本の海洋実習船と米海軍原子力潜水艦が衝突した「えひめ丸事故」の際、事故の一報を耳にしたにも拘わらずゴルフ場から離れなかったとして世論の批判を浴び、その後退陣につながっていった例があるし、民主党の菅直人首相も東日本大震災の対応でもたついたことで、その後の民主党の凋落を招いてしまった。

 政治家は、危機の時こそ日頃の研鑽の成果を発揮すべきであり、それこそを有権者が目を光らせて見守っているのだということを、政治家はゆめゆめ忘れてはならないのだ。

拡大えひめ丸事故の行方不明者の家族らと面会する森喜朗首相=2001年2月22日、首相官邸
拡大福島県双葉町民の避難所となっている体育館を訪問し、被災者の「いつになったら帰れるの」という言葉を聴く菅直人首相(中央左から2人目)=2011年5月4日、埼玉県加須市

ただの「陽気なおじさん」に堕し、支持率急落

 ラシェット氏は、元来、気さくで陽気なラインラント地方出身の人物だ。平時には、こんな付き合いやすい人はいない。しかし危機の時、この資質が逆にアダとなる。犠牲者が200人を超す洪水被害が出る中、どういう状況であったにせよ、取り巻きと笑い合うようでは危機の指導者として失格だ。

 単なる「陽気なおじさん」でしかなかった、と見られたラシェット氏は支持率をじりじりと落とし、直近ではついに14%(週刊誌Spiegel、8月18日~25日調査「首相として最もふさわしいのは誰か」)と緑の党の候補(17%)にも及ばないまでになった。実に危機対応の巧拙こそが政治家の運命を左右する。

 CDU内には、ラシェット氏と争ったもう一人の候補、マルクス・ゼーダー氏に首相候補を差し替えられないか、といった声も聞かれるが、選挙まで1か月を切った今となってはとてもできる話でない。

拡大独与党CDUのアルミン・ラシェット党首=2021年8月16日(photocosmos1 / Shutterstock.com)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

花田吉隆の記事

もっと見る