花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授
在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
民が離れ、官僚が萎え、同僚議員も離反~私利に囚われた末の退陣表明の構図
菅義偉総理の突然の退陣表明は永田町を混乱の渦に巻き込んだ。自民党総裁選をめぐる構図は全く違ったものとなり、候補予定者の多数乱立で、勝敗の行方も見通せなくなってきた。わずかに岸田文雄前政調会長と河野太郎行革担当相が先行する。菅政権の一年を我々はどう見るべきか。
一国の指導者は誰しも、「已むに已まれぬ思い」を内に持つ。
これだけは何があっても成し遂げたい、これを成し遂げないうちは死んでも死にきれない、との思いだ。無論そう思うのは、それを達成することが国民のためになると思うからだ。
かつて、吉田茂首相は独立を果たし、軽軍備の中で復興を果たすことこそ国民が目指すべき目標とした。岸信介首相は、賛否両論で日本中が揺れる中、対米平等の新安保条約こそ日本に必要とした。池田勇人首相にとり国民が豊かになることこそが重要な目標だった。中曽根康弘首相は、そういう思いを長年大学ノートに書き溜め、首相になった時それを実行していった。
ところが、中には、その「已むに已まれぬ思い」が弱いものでしかなく、はたから見ればそれを持たずに指導者になったかと思われる者もいる。
予期せぬ形で指導者の地位が転がり込んでくれば「已むに已まれぬ思いを準備する時間がない」。あるいは、それまで、この国をどうしようとか、この国はこうあるべきかなどを考えることなく政治家人生を過ごしてきた場合がそうだ。政治を「権力」を軸に見てきた。
指導者が「已むに已まれぬ思い」を持たないとき、とかくその発言が国民に届きにくい。内に秘めた強い思いがないから、メッセージに力がなく、官僚から借りた言葉だけでは国民はとんと動かない。安全安心の決まりきった文句の繰り返しで、国民の心が揺さぶられるほど人の心理は単純でない。
発言が国民に届きにくいのは、発言の仕方や、表現方法の問題もあるが、根本は「訴えたいものを持っていない」からだ。
「訴えたいものを持っていない」というのは、平時は問題になりにくい。平時では、政治は、ルーティーン上に処理される。今日は昨日の延長であり、明日は今日の続きだ。
しかし、危機にあっては、事態はそんな生易しいものではない。何より、国民を動かし、指導者が目標とするところに、その心をまとめ上げていかなければならない。危機は、国民が一丸となってこそ克服できる。国民の協力なしに、指導者が独力で処理できるのは危機ではない。
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