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コロナ禍の日本に帰国。「水際作戦」を体験して抱いた“憂国の情”

壮大なエネルギーを消費して実施中の一見完璧な作戦への素朴な疑問

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 所用ができて、フランスから一時帰国した。コロナ対策の一貫として日本政府が敢行中の「水際作戦」を体験して感じたのは、壮大なエネルギーを消費して実施中の一見完璧な作戦がどれだけ合理的かという素朴な疑問だ。一方で、自宅での療養を強いられ、重症化や死亡する犠牲者が出ている。日本政府のコロナ対策のチグハグぶりが気になる。

GGGraphics/shutterstock.com

コロナ検査で「陰性」だけでは不十分

 フランスは「デルタ株」が蔓延している「特に流行している地域」なので、日本に向けて出発する前、72時間以内に行った新型コロナウイルス検査の証明書が必要だ。これは当然で、納得できる。

 この検査は、薬局などで簡単にできる唾液による検査ではなく、鼻の奥深く綿棒のようなものを突っ込んで行う信頼度の高い検査で、これも納得できる。

 ところがである。この検査結果を示す「証明書」を、日本の厚生労働省が発行した用紙に、日本語か英語で記入することが義務付けらえている。

 つまり、晴れて「陰性」が証明され、フランスの公立病院や保健所で発行する正式な証明書を手にしても、それを提示するだけだと、係員がチェックして航空機への搭乗を拒否されるのだ。日本人はもとより、フランス人だろがアメリカ人だろうが、ファーストクラスの大臣だろうが大企業の社長だろうが、エコノミーの学生だろうが、すべての人に平等に、例外なく搭乗は「ノン」だ。

 「日本の厚生労働省発行」の用紙は、厚生労働省のウエブサイトで「入国される皆様へのご協力のお願い」を開き、QRコードから入手するか、在フランス日本大使館の窓口に行って、手に入れる。そのうえで、この用紙に検査結果を快く記入してくれる公立病院や保健所をネットなどで探す。幸いなことに、パリでは数カ所の保健所や病院が引き受けてくれるので、そこに行く。

検査結果を記入するのに時間がかかり……

 ふと思った。日本政府はこの広い世界に、いろんな国があり、いろんな言語が存在していることを認めず、日本語か英語しか存在しないと考えているのだろうか、と。フランスの公立病院や保健所、あるいはドイツやその他の先進国が発行する証明書でも通用しないというのは、一体どういうことなのか。

 ともあれ、所定の用紙に検査結果を記入するまでに相当の時間がかかる。家族の危篤や不幸などで、急きょ帰国しなければならない場合は、最後のお別れどころか、葬式などにも間に合わない。実際、母親が亡くなったのに葬儀には行けず、49日の法要にあわせて帰国した知人もいた。

 なんとか検査結果を用紙に書きこんだ後は、「誓約書」や「質問書への回答」を準備する必要がある。「契約書」では、日本に入国後、3日間(6日間の国ある。また3日間もない国も。コロナの蔓延状態によって異なる。フランスも五輪開催中は3日間がなしだった)を含む14日間の待機やマスク着用、「3密」回避などを誓約する。

日本到着、検査・アプリ導入・3日間の“監禁生活”

 こうした書類を取り揃え、くたくたになってやっと搭乗し、日本の空港に到着すると、再度、今度は唾液(検査結果が約20分後には判明)検査を実施し、「陰性」になると、 入国者健康居所確認アプリの「MySOS」をスマホにインストールする。スマホのない人は自費でスマホを借りる。若い係員(多分アルバイト)が多数いて、インストールなどを手伝ってくれる。

 筆者が帰国した日には、他の国から到着した乗客もいたので、合計100人ほどが、コロナ検査やアプリのインストールで行列した。

 これが済めば、スーツケースなどを受け取り、税関を通って指定のバスで待機場所に移動する。搭乗機が空港に到着してから4時間以上が経過していた。

 「ホテルの場所や名前」などは到着まで不明。家族に知らせたいとお願いしても、「到着後に」とにべもない。移動のたびに、IDカードをつけ、揃いの制服を着た若い女性や男性が引率してくれる(多分アルバイト)。

 3日間の“待機場所”に到着後、さらに、この施設で実施する健康管理用のアプリをスマホにインストール。貸与された体温計で毎朝、体温を測って報告する。3日間は部屋(約15平方メートルのバス、トイレ付き)から、文字通り一歩も出られない“監禁生活”が続く。食事は一日3食、お弁当。

ホテルで出された朝食(撮影・山口昌子)

 筆者が宿泊したホテルの場合、午前8時になると拡声器から「朝食の配布が終了」を告げるアナウンスがある。「ドアのノブに掛けられているから、マスクをしてドアを開け、ドアが閉まらないように注意して、弁当を受け取るように」とも。うっかりドアの外に出て、弁当と共に廊下に閉め出されないようにとのご注意だ。「昼食」「夕食」も同じ手順だ。

 弁当にはミネラル・ウオーターが一本、添えられている。室内には冷蔵庫もあり、湯沸かし器もあるが、アルコール類は厳禁だ。タバコは専用の部屋ならOK。事前に喫煙を報告して、喫煙用の部屋に入室する。大型テレビがあり、BBCニュースも視聴できる。ま、至れり尽くせりと言えなくもない。

ホテルで出された昼食(撮影・山口昌子)
ホテルで出された夕食(撮影・山口昌子)

毎日、健康状態、居場所を報告

  3日目(到着日は含まれない)の午前7時ごろ、「唾液検査用のキッド」が配布されたとのアナウンスがあった。指定された通りに容器に唾液を入れ、係員が部屋に回収にくるまで自室で待機するよう命じられる。ノックに応じてドアを空け、感染防止のためマスクなどで厳重装備した看護師らしい人に、唾液入りのキッドを渡す。

 午後に検査結果が室内電話で知らされ、「陰性」ならバスで空港まで運ばれ、解散になる。「まるで刑務所生活のようだった。運動時間なしの……」とバスの中でつぶやいた人がいた。

 空港で解散後は、タクシーや空港バスなどの公共交通機関の利用はダメ。自家用車かハイヤーでの移動を強いられる。埼玉が自宅の知人のハイヤー代は約5万円だった。

 事前に報告した自宅などの“待機場所”に移動した後も、スマホで毎日、健康状態を報告する。突然、電話がかかると、顔写真と居場所を示す写真を提示し、自分が登録した場所にいることを示さなくてはならない。この電話とは別に厚生労働省からも電話がきて、居場所を報告させられる。待機期間中に正当な理由なく規則を守らない場合は懲罰の意味で氏名が公表される。外国人の場合は、在留資格取り消しや退却強制手続きの対象になる。

厳格な「水際対策」から垣間見えるもの

 それにしても、こうした厳格な「水際作戦」に一体どれだけの費用がかかるのか。

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