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ロシアが国連に提出した新たなサイバー犯罪対策条約案

中ロがもくろむ「権威主義的多国間主義」

塩原俊彦 高知大学准教授

最初から国家がでしゃばるロシアと中国だが、ロシア政府は出遅れる

 これに対して、ロシアや中国では、最初から国家がサイバー空間を規制するのが当たり前であった。ロシアについては、拙著『サイバー空間における覇権争奪』で、つぎのように指摘したことがある。

 「プーチンは 2000 年9月9日に「情報安全保障ドクトリン」に署名した。ただ、このころのプーチンには、インターネットのようなサイバー空間に対する警戒感は薄かった。一説には、2001年にインターネット関連事業者との会合で、「インターネットを規制する必要はない」とのべていたという。」

 この結果、中国が比較的早期に国家によるサイバー空間規制に乗り出したのに比べて、ロシアは国家による対応が遅れた。中国にインターネット(互联网络あるいは互联网)が登場したのは1994年と言われているが、中国はその後1998年に、「金盾工程」、すなわち、「グレート・チャイニーズ・ファイアウォール」と呼ばれるインターネット上のアクセス遮断可能な障壁を設ける決断をする。「窓を開けると、新鮮な空気とともにハエが飛んでくる」ために、こうしたハエを入れない工夫をしたわけだ。

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 情報遮断には特別アクセスポイントを設ける必要があり、この建設の初期費用に8億ドルが投じされた(技術支援したのは米シスコである)。遮断システムの運用にも毎年、多額の費用がかかる。国内にもいるハエを監視する「ゴールデン・シールド」(金盾) と呼ばれる検閲のために、3万人から5万人の人員を必要としていると言われている。

 出遅れたロシア政府はその後、この情報安全保障ドクトリンの拡充をはかることで、サイバー空間への国家規制を全面化させていくことになる。プーチンは、この情報安全保障ドクトリンを2009年5月12日付大統領令「2020 年までのロシア連邦国家安全保障戦略について」によって、より精緻化することにした。さらに、2013年7月24日付大統領令で「2020 年までの期間に おける国際情報安全保障面でのロシア連邦国家政策の基礎」が承認された。ロシアの国家安全保障政策を決定する重要な意思決定機関である安全保障会議は2016年6月になって、新しい「情報安全保障ドクトリン案」を公表し、同年12月、プーチンは最終的に「情報安全保障ドクトリン」を承認するに至る。2016 年 12 月 5 日付大統領令で、プーチンは新情報安全保障ドクトリンを承認したのである。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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