国民の関心の高まり、派閥の流動化、選挙期間の長さで、これまでの常識は通用しない
2021年09月09日
自民党総裁選が9月29日の投開票に向かって動き出している。告示は17日だが、公職選挙法の適用は受けないので、事実上の選挙戦はもう始まっている。
今回の総裁選は、①コロナ禍の真っ只中、②衆院選の直前、③現職総裁の突然の立候補辞退――などの条件が重なり、国民の関心はかつてなく高まることが予想される。要するに、従来の総裁選での常識が適用しないということだ。
自民党総裁選の歴史を振り返れば、われわれの記憶に深く刻まれているものが幾つかある。なかでも、①最初の公選で石橋湛山を第2代総裁に選出した1956年、②福田赳夫との“角福戦争”を制して田中角栄が第6代総裁となった1972年、③劣勢との予想を覆して圧勝した小泉純一郎氏が第20代総裁を射止めた2001年――の三つは際立っている。
では、今回の総裁選はどういう展開になるか。私は、あえていえば、広く国民を巻き込んで大きく展開した2001年の総裁選のようになるのではないかという予感がし、また期待もしている。
あの時の総裁選は、支持率が低迷して政権運営が困難になった森喜朗首相(自民党総裁)が退陣を表明したのを受けて実施された。直前に現職の総裁が辞任したという点、直後に国政選挙(参院選)を控えていたという点でも、今回と同じだ。総裁選は4月に実施されたが、7月の参院選での勝利が新総裁に託された絶対の使命であった。
これに対し、小泉氏の選挙戦略は、小策を排し、徹底して王道を進むものであった。
まず、明快な主張を掲げて直接、一般有権者(世論)を味方につける。一般有権者の支持が高まれば、自民党支持者に強い影響を与える。そして、その自民党支持者たちが、今まで支持してきた国会議員に電話をしたり、ファックスをしたり、面会して小泉への投票を要請したりする。こうした勢いに押されて、選挙区から帰った議員たちは次々と小泉支持に転じた。
小泉候補自身は、恒例の議員会館の挨拶回りもしない。自民党員が何百人に1人しかいないような銀座などで街頭に立って、「自民党をぶっ壊す」「郵政民営化を断行する」などと連日、叫んだのである。
この総裁選の“絶対的本命”は橋本龍太郎・元首相であった。1997年の参院選に敗北した責任をとって首相を辞任したが、後任首相となった盟友の小渕恵三首相の死去を受けて、再登板を決意したのだ。
総裁候補のその日の選挙運動は、メディアを通じて連日報道される。日が経つにつれ、最初はひんやりしていた情勢が熱を帯び、異様に盛り上がっていった。
当時、ニュース番組「ニュースステーション」では連日、テレビ画面上で「橋本対小泉」のその日の支持率比較を数字で示した。当初は「橋本圧勝」だった数字は日を追うごとに変化し、小泉候補が橋本候補に迫るようになった。実際、中盤からの追い上げはすさまじく、目を見張るものがあった。
今でも私の目に焼き付いているのは、「橋本支持」がついに「8%」まで落ち込んだことだ。こんな低支持率では自民党は7月に迫った参議院選挙に勝てるはずがない。
こうした状況のもと、自民党員、支援団体、議員、派閥が「背に腹はかえられない」とばかりに、地滑り的な支持の転換を始めたのである。
こうした動きの原動力は、もともと一般有権者、世論であるから、小泉氏が自民党総裁、そして首相に就任した後も、特定の人たちに恩義はなく、フリーハンドで奔放に政権運営に臨むことができた。
彼が首相に就任して1カ月ほどして、赤坂の小さな居酒屋に呼ばれて会った。用件は「ある役割」を私に期待してくれたものだったが、私はこの機会とばかりに総裁選について突っ込んだ話を聞いた。小泉氏は言った。
「“郵政公社”をつくることになって、これでいよいよ小泉も郵政民営化を諦めたといわれるのがシャクで、泡沫になることを覚悟して総裁選に出たんだ」
「ところが、中盤ごろから雰囲気がどんどん変わってきて、それがビシビシ伝わってきた。それで、よし、これなら勝ちにいこう、という気になった」
たった一人の郵政民営化論者になった小泉氏が、事前の予測を覆して総裁選に勝ち抜き、首相としてついに民営化を実現してしまうのである。
このことは自民党総裁選は、それに真正面から堂々と立ち向かえば、大統領選並みの政治効果をあげられるものであることを示している。
ただし、それには条件がある。すなわち、①主張が正しく、②本人が捨て身であり、③民意に直接訴える、ことだ。党や派閥、支援団体への配慮が優先されれば、退屈な総裁選によって凡庸な総裁が選出されるだけで、世論はこぞってその選挙に背を向けることになる。
今回の総裁選の特徴は、現在の派閥をいや応なく再編成していくものになるということだ。
かつて、自民党の大派閥といえば、その代表は同時に総裁候補であった。そもそも派閥とは総裁になるための“軍団”なので、当然と言えよう。
派閥が党を圧倒していた頃の五大派閥、「三角大福中」(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘の派閥)の長は、そのすべてが総裁になった。
この五大派閥の流れが現在の派閥へと連なっているわけだが、今回の総裁選においては、派閥の代表をつとめる政治家で立候補が予定されているのは、今のところ岸田文雄氏だけである。
現在の派閥は、総裁候補を持たないばかりか、特定の候補を派閥全体で推すほどの一体性もなくなっている。選挙戦が激しくなればなるほど、自分と親しい候補、衆院選で有利になると考える候補に向かって個々の議員が動き、派閥の流動が始まるだろう。ひょっとすると、現在の派閥は形骸化して、新たな政治集団が幾つも生まれてくるかもしれない。
今回の総裁選の結果を左右する重要な要素に選挙戦の「長さ」がある。12日間かけて、「国会議員票」と「党員票」のあわせて766票を奪い合う。国会議員1人1票の「国会議員票」は383票、党員・党友の投票で配分が決まる「党員票」は383票である。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください