自民党総裁選の流れは世論が決める~「小泉総裁」登場劇は再現するか?
国民の関心の高まり、派閥の流動化、選挙期間の長さで、これまでの常識は通用しない
田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授
“絶対的本命”の橋本元首相を逆転
この総裁選の“絶対的本命”は橋本龍太郎・元首相であった。1997年の参院選に敗北した責任をとって首相を辞任したが、後任首相となった盟友の小渕恵三首相の死去を受けて、再登板を決意したのだ。
総裁候補のその日の選挙運動は、メディアを通じて連日報道される。日が経つにつれ、最初はひんやりしていた情勢が熱を帯び、異様に盛り上がっていった。
当時、ニュース番組「ニュースステーション」では連日、テレビ画面上で「橋本対小泉」のその日の支持率比較を数字で示した。当初は「橋本圧勝」だった数字は日を追うごとに変化し、小泉候補が橋本候補に迫るようになった。実際、中盤からの追い上げはすさまじく、目を見張るものがあった。
今でも私の目に焼き付いているのは、「橋本支持」がついに「8%」まで落ち込んだことだ。こんな低支持率では自民党は7月に迫った参議院選挙に勝てるはずがない。
こうした状況のもと、自民党員、支援団体、議員、派閥が「背に腹はかえられない」とばかりに、地滑り的な支持の転換を始めたのである。

自民党総裁選で街頭演説する小泉純一郎氏と橋本龍太郎氏=2001年4月15日、東京・新宿駅前で
意味のある総裁選になる三つの条件
こうした動きの原動力は、もともと一般有権者、世論であるから、小泉氏が自民党総裁、そして首相に就任した後も、特定の人たちに恩義はなく、フリーハンドで奔放に政権運営に臨むことができた。
彼が首相に就任して1カ月ほどして、赤坂の小さな居酒屋に呼ばれて会った。用件は「ある役割」を私に期待してくれたものだったが、私はこの機会とばかりに総裁選について突っ込んだ話を聞いた。小泉氏は言った。
「“郵政公社”をつくることになって、これでいよいよ小泉も郵政民営化を諦めたといわれるのがシャクで、泡沫になることを覚悟して総裁選に出たんだ」
「ところが、中盤ごろから雰囲気がどんどん変わってきて、それがビシビシ伝わってきた。それで、よし、これなら勝ちにいこう、という気になった」
たった一人の郵政民営化論者になった小泉氏が、事前の予測を覆して総裁選に勝ち抜き、首相としてついに民営化を実現してしまうのである。
このことは自民党総裁選は、それに真正面から堂々と立ち向かえば、大統領選並みの政治効果をあげられるものであることを示している。
ただし、それには条件がある。すなわち、①主張が正しく、②本人が捨て身であり、③民意に直接訴える、ことだ。党や派閥、支援団体への配慮が優先されれば、退屈な総裁選によって凡庸な総裁が選出されるだけで、世論はこぞってその選挙に背を向けることになる。

自民党本部 oasis2me/shutterstock.com
自民党の派閥が流動化、再編成へ
今回の総裁選の特徴は、現在の派閥をいや応なく再編成していくものになるということだ。
かつて、自民党の大派閥といえば、その代表は同時に総裁候補であった。そもそも派閥とは総裁になるための“軍団”なので、当然と言えよう。
派閥が党を圧倒していた頃の五大派閥、「三角大福中」(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘の派閥)の長は、そのすべてが総裁になった。
この五大派閥の流れが現在の派閥へと連なっているわけだが、今回の総裁選においては、派閥の代表をつとめる政治家で立候補が予定されているのは、今のところ岸田文雄氏だけである。
現在の派閥は、総裁候補を持たないばかりか、特定の候補を派閥全体で推すほどの一体性もなくなっている。選挙戦が激しくなればなるほど、自分と親しい候補、衆院選で有利になると考える候補に向かって個々の議員が動き、派閥の流動が始まるだろう。ひょっとすると、現在の派閥は形骸化して、新たな政治集団が幾つも生まれてくるかもしれない。