幕末の日本とフリーメイソンの関わりを通観し、龍馬についての風聞の真贋に答える
2021年09月16日
「実はフリーメイソンについて研究していまして……」と言うと、多くの人がギョッとした表情を浮かべる。そのまま聞かなかったふりをされることもあれば、それではと質問をいただくこともある。
質問される場合、たとえば次のようなやりとりになる。
Q:フリーメイソンって本当に存在するんですか?
A:存在します。東京タワーの近くに日本グランド・ロッジがありますよ。
Q:きゃりーぱみゅぱみゅがフリーメイソンだって本当ですか?
A:多分違います。日本グランド・ロッジの入会希望のフォームには「定収入のある成人男性」と書いてあるから、女性は入れないと思いますよ。
実際にいただいた質問のごく一部を再現してみたが、おおむね、実在を疑う声、誰が入っているのかを気にする声あたりに集約される印象だ。
フリーメイソンの“研究家”としては、基本的な事実が知られていないことを痛感し、いささか残念でもある。ネット上で、フリーメイソンは秘密結社だという風評ばかりが目立つからだろうか。
本稿では、かつて論座で「公開」した「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(上)」、「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(下)」に引き続き、フリーメイソンの実態について、資料に基づいて紹介したい。それは確かに存在し、興味深い史実が満載なのだ。
――坂本龍馬がフリーメイソンだったって本当ですか?
日本人なら誰でも知っているであろう幕末の志士・坂本龍馬が、秘密めかした結社の一員だったかもしれないという風聞は、少なからぬ人の興趣をそそるらしく、筆者は幾度かこういう質問を受けた。なにしろ、歴史上の人気者だ。確かめたくなる気持ちは分かる。
そこで今回は、フリーメイソンと幕末の日本との関わりを通観しつつ、「龍馬=フリーメイソン説」の真贋(しんがん)について、研究家としてお答えしようと思う。
筆者の片桐とはいかなる人物か。その経歴を簡単に紹介すると、1925年生まれ、1951年から米国海軍海上輸送司令部に勤め、1963年にフリーメイソンに入会している。2004年には「日本グランド・ロッジ」のグランドマスターに就任した。
冒頭でも触れた日本グランド・ロッジは1957年3月、日本各地にあったロッジ(会所)によって設立された。グランドマスターはそのトップである。つまり同書は、日本のフリーメイソンを代表する地位にあった人物が、その歴史について記した貴重な著作ということになる。
同書の「はじめに」で片桐は、「団体としては(略)時にはそのあまりの荒唐無稽さに不快感を禁じえません」と語り、世にはびこる誤解や偏見に苦言を呈す。同書はそうした偏見を解くことを目的としており、フリーメイソンの発祥や歴史的な展開といった基礎的な知識を入手するのに役に立つ。
甚だ残念なことに、同書でフリーメイソンと日本の関わりについて触れたのは第6章のみと、ごくわずかにとどまっている。しかしながら、そこには大変貴重な情報が含まれている。
「坂本龍馬=フリーメイソン説」には、龍馬本人がフリーメイソンだった、あるいは彼はフリーメイソンに操られていたなど、様々なバリエーションが存在するようだ。いずれの主張においても、キーパーソンとなるのは、長崎の商人だったトーマス・グラバーである。グラバーこそが、坂本龍馬とフリーメイソンの接点となったと言うのだ。
ちなみに、幕末に活躍したグラバーの邸宅があった跡地は現在、「グラバー園」として長崎の観光名所となっている。そのグラバー園の一角に、フリーメイソンの有名なシンボル(コンパスと定規)が刻まれた門柱が存在することも知られている。
「坂本龍馬=フリーメイソン説」の大枠は、来日したフリーメイソンのグラバーが、坂本龍馬と知り合い、龍馬とフリーメイソンとの関わりができた、というものである。
グラバーについては、片桐もその著書で言及している。ただし、幕末に日本に来航した外国人のメイソンを紹介するなかで、グラバーとフリーメイソンに関する事実関係を確認するという形である。
日本で最初に開設されたロッジは、横浜の「スフィンクス・ロッジ」で、1865年に最初の会合を開いた記録が存在するという。その後、日本各地にロッジが開設されていくが、戦前の会員資格は外国人に限られていた。
片桐は、グラバーはフリーメイソンだとの説を唱える者がいるが、グラバーはフリーメイソンではない、と断定する。そして、長崎にフリーメイソンのロッジが開設されたのは1885(明治18)年であり、「グラバーが活躍した時代の20年以上も後のこと」と指摘する。
そのうえで、原著が刊行された2006年現在、グラバーとその出身であるスコットランドのロッジの関係について、「何の記録も発見できない」「なに一つ根拠がな」い、とまとめている(前掲、片桐書、240~242頁)。
ここで疑問を持つ方もおられるかもしれない。片桐が指摘する通り、グラバーがフリーメイソンの会員でなかったのであれば、なぜグラバー園にフリーメイソンのシンボルが刻まれた門柱が現存するのか?
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