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デジタル・ファシズムへの不安 利便性の背後にあるものは~堤未果の警告・上 

デジタル庁の発足で高まるIT化推進への期待の背後に垣間見える不都合な真実

高瀨毅 ノンフィクション作家・ジャーナリスト

 9月1日、鳴り物入りでデジタル庁が発足しました。ジャーナリストの堤未果さんは、大きな権限と予算を握る同庁について、強い警戒感を示します。世界に「追いつけ、追い越せ」とばかりに進められる日本のデジタル政策に潜むリスクとは何か。私たちはそうしたリスクにどう対応すればいいのか。本稿と動画(3分間)で考えてみてはいかがでしょうか。(論座編集部)

◇動画

拡大デジタル庁発足式で記念撮影する平井卓也デジタル相(右)と石倉洋子デジタル監=2021年9月1日、東京都千代田区

デジタル庁発足。期待する声の裏に……

 9月1日、デジタル庁が発足した。菅義偉首相の突然の辞任表明から自民党総裁選挙へとなだれ込んだ政局に、やや印象が薄れた感はあるものの、日本にとって極めて重要な省庁が生まれたことは間違いない。

 デジタル化は休みなく進展し、社会のさまざまな場面で利便性が追及されている。そのスピードは日増しに強まっているようだ。それはスマホの多様な使われ方を見るだけでもわかる。これからさらにどんな可能性が広がるのだろうかと、期待を抱いている人も多いだろう。

 しかし、利便性の裏にはデメリットがある。無自覚なまま、便利を追求することにかまけていると、気付かないうちにとでもないことが起きると、ジャーナリストの筆者は近著で警告する。タイトルは『デジタル・ファシズム』。穏やかではない。明るい未来どころか、どこか気味の悪い未来を予告するかのようでもある。

 私たちはいま、デジタル社会のどういう場所=「現在地」に立っているのか。内外の具体的事例をふんだんに使って解き明かすこの本に込めた問題意識とは、一体何なのか。

デジタルが強欲資本主義をさらに獰猛にする

拡大
 著者は、自らの米国在住体験を踏まえ、米社会の影の部分である貧困や格差の実態などを俎上(そじょう)に、弱肉強食の新自由主義経済や、それを推し進める政治の問題に果敢にメスをいれてきた。

 また米国にとどまらず、米国に追随し、同じ轍(てつ)を踏もうとしている日本社会や政治のありようにも、批判の目を向ける。人間性や公共性を失った社会は、個人にとってとてつもなく過酷なものになるという意識があるからだ。

 そうした社会を招来せしめる最大の原因は、ビジネスの巨大利権であり、マネーへの飽きなき執着と信奉である。そこに、デジタルという新たな要素が加わるとどうなるか。「今だけ金だけ自分だけの強欲資本主義が、さらに獰猛になる」と著者は懸念する。

 デジタル社会というのは、利便性と引き換えに個人情報が企業や国家に集積されるシステムの社会ということでもある。個人情報がしっかりと守られているならいいが、IT企業に利用され、やがて国家に吸い上げられたらどうなるか。すでに中国では顕著だが、日本もそうならないとは限らない。

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筆者

高瀨毅

高瀨毅(たかせ・つよし) ノンフィクション作家・ジャーナリスト

1955年。長崎市生まれ。明治大卒。ニッポン放送記者、ディレクターを経て独立。『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」』『ブラボー 隠されたビキニ水爆実験の真実』など歴史や核問題などの著作のほか、AERAの「現代の肖像」で人物ドキュメントを20年以上執筆。ラジオ、テレビのコメンテーターなどとしても活躍。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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