星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト
1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
課題は厳しくなっているのに自民党政治家の力量は弱まっているギャップこそが課題
総裁選は自民党の素顔を見せる――。政治記者として長年、自民党を取材してきた身として実感することだ。岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、河野太郎規制改革担当相、野田聖子幹事長代行(立候補表明順)の4人が争う今回の総裁選。17日に告示され、29日の投開票に向けた論戦が続く。
このところ、テレビや新聞は連日、各候補の動きを派手に伝えている。だが、目を凝らしてみると、見えてくるのは、自民党の政策の行き詰まりと人材の払底という「素顔」である。
そもそも、この総裁選はなぜ行われているのか。
仮に菅義偉政権の新型コロナウイルス対策が万全であれば、①首相就任から1年に過ぎない菅氏は、無投票で総裁に再選されて衆院の解散・総選挙に挑む、②早めに解散・総選挙に踏み切り、総裁選は無投票再選する――のいずれか展開になる可能性が大きかった。現実は、菅政権のコロナ対策が行き詰って国民の批判を浴び、支持率が急落。解散もできないまま、菅首相が総裁選不出馬を表明した。
それを受けて、各候補や派閥が入り乱れての総裁選となったのである。政府・自民党の「コロナ失政」が総裁選の原点であることを忘れてはならない。
そのうえで、岸田、高市、河野、野田4氏の政策を見てみよう。まず、コロナ対策だ。
岸田氏が健康危機管理庁の設置、高市氏がロックダウン(都市封鎖)法制の検討、河野氏が大胆な人流抑制策などを掲げている。コロナの感染が広がり始めてから1年半が経ち、「第5波」が猛威を振るったにもかかわらず、4候補のコロナ対策は厚生労働省の機構見直しには触れているものの、感染対策自体は抽象的だ。
とりわけ、感染が拡大しても病床が確保できない事態となっているのに、具体的な対応策が示されていないのは問題だ。
医療制度に詳しい厚労省の香取照幸・元年金局長は、政府のコロナ対策について、「昨年、コロナの感染拡大が始まった段階で即座に『危機管理モード』に切り替え、来るべき感染爆発に対応できるよう、今ある医療資源を集中動員できる体制の構築に着手すべきだったと思います」と述べている(月刊「文藝春秋」10月号)。国や都道府県が、民間病院や開業医に指示を出して医療体制を強化すべきなのに、そのための法律などが整備されていない現実を指摘したものだ。
にもかかわらず、4候補の政策には「医療資源の集中動員」のための法改正といった具体案は見られない。医療問題に詳しい自民党の中堅議員は「医師会への配慮だ」と指摘する。自民党の有力支援団体である医師会は、国や都道府県からの指示による「集中動員」に慎重だ。それゆえ、その意向に反するような政策は打ち出せないというのだ。
歴代の自民党は、支持層が反対する政策でも、中長期的に必要と判断すれば断行したこともある。竹下登政権(1987~89年)は多くの関係者が反対する消費税導入や牛肉・オレンジの市場開放を進めた。小泉純一郎政権(2001~06年)は、特定郵便局が反対する郵政民営化を強行。金融機関が抵抗した不良債権の処理にも踏み込んだ。それに比べ、今回の総裁選では、医師会という支持基盤の利益に切り込む姿勢は見えない。
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