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【16】経済を語ろう:甚大なアベノミクスの「負の遺産」

自民党総裁選候補者の経済政策は現実を無視した絵空事か

塩原俊彦 高知大学准教授

 いまの「ニッポン不全」は、いわゆる「アベノミクス」という経済政策を抜きには語れない。自民党総裁選に絡んで日本の経済政策が話題になる機会が増えたが、強く感じるのは世界経済の動向を見据えたうえでどう日本の経済を立て直すべきかという視角が不足している点だ。日本の経済政策といっても、世界経済の潮流を無視することは決してできないのである。そこで、いまの世界経済の現状から、日本の経済状況を論じてみたい。

パンデミック前の世界経済

 筆者がいま、ロシアのエコノミストで世界経済をよく理解していると注目しているのがアレクサンドル・ロセフである。ここでは、彼の二つの記事(その1その2)を参考にしながら、世界経済についてみてみよう。

 まず、ロセフのつぎの基本認識に異を唱える人はたぶんいないだろう。「コロナウイルスのパンデミックが起こる前、アメリカとヨーロッパの大部分が抱えていた主な問題は、『経済の日本化』、すなわち、過去数十年間日本で起こってきたような、長期にわたるデフレ不況と終わりのない停滞という見通しだった」というのがそれである。

 この「経済の日本化」には、いくつかの要因が働いている。①中国をはじめとするアジア経済で生み出された過剰生産能力と、世界的な格差の拡大、先進国の信用不安などが相まって、商品の過剰生産を引き起こした、②グローバルな競争と、それに伴う労働力、資材、物流、仲介業者などのコスト削減政策、ビジネスの大規模化、デジタルコマースの活用などによって、商品価格が順調に下落した、③その結果、中央銀行の金融努力にもかかわらず、先進国のインフレ率を著しく抑制し、何年にもわたって発展途上国から商品とともにデフレが輸出された――などである。

経済財政諮問会議で発言する安倍晋三首相(当時、手前)=2020年7月拡大経済財政諮問会議で発言する安倍晋三首相(当時、手前)=2020年7月
 なお、ここでいう「経済の日本化」とは、安倍晋三元首相によってデフレ脱却をめざして開始された、①大胆な金融政策(日銀による無制限の金融緩和)、②財政出動(即効性の高い公共事業の拡大)、③民間投資を喚起する成長戦略――というアベノミクスが必ずしも成功せず、デフレ脱却もできないままに低成長にあえいできた日本経済を意味している。

 他方で、アベノミクスは、アベノミクス景気(2012年12月〜2018年10月までの71カ月)という戦後二番目の長さの景気を実現したという議論がある(戦後最長は2002年2月〜2008年2月の「いざなみ景気」の73カ月)。しかし、これは「やってる感」に似た表層だけをみた結果にすぎない。

 内実は中央銀行による株式や国債の買い支えや財政赤字の拡大をもたらし、不健全な経済運営によりそのツケを将来世代に先送りしたにすぎない。2021年3月末で、日本銀行が上場投資信託(ETF)としてもつ保有株の時価は51兆5093億円にのぼり、国内最大の株式保有者となったが、中銀を不安定化させるこんな「大冒険」をするのは、世界で日銀だけだ。

 こうした「経済の日本化」を恐れる、米国連邦準備制度理事会(FRB)や先進国の中央銀行がとったのは、デフレのスパイラルを止め、最終的にはインフレにしたいという政策である。しかし、大規模な金融刺激策により、金融システムに注入された資金の大半は、大手銀行の準備金や株式市場に流れ込み、株式の長期的な上昇トレンドを確保し、債券の利回りは歴史的な低水準にまで低下してしまっただけであった。結局、経済の実物部門に流れ込んだ残りの資金は、基礎的なインフレに顕著な影響を与えるには不十分だったのである。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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