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メルケルはいかにして欧州の母になったか~パターナリズム克服に見せた強かさ

常に少数派。骨身を惜しまず、ひたすらドイツのために働いた女性宰相は何者か?

清水珠代 翻訳家

娘に甘んじながら、機が熟すのを待つ

 恰幅(かっぷく)のいいコールにお伺いを立てるように話しかける当時のメルケルの写真を見ると、威厳のある父と、おずおずとした優等生の娘の役を、お互いに演じているような印象を受ける。おそらくメルケルはこの頃、一日も早く政治家として成長し、お気に入りの娘ではなく一人前の政治家として認められたいと思っていたに違いない。

 東ドイツの最後の首相であるロタール・デメジエールから「頭の良さは一番」と太鼓判を押されていた彼女は、並みいる大物と対等に渡り合える日がかならず来ると信じていたはずだ。しかし、野心をむき出しにしたら、ひとたまりもなくつぶされることは目に見えていた。

 父親を超えるはずのない娘だからこそ重宝がられ、登用されるのだ――。

 それが分かっていたメルケルは、娘に甘んじながら、機が熟するのを待った。

爆弾的な寄稿で「パターナリズム」から脱却

 決定的な転機は1999年に訪れた。コール政権時代にCDUが闇献金を受け取っていたことが発覚。メルケルはコールを真っ向から批判し、党の刷新を主張する原稿を新聞社のFAZ(フランクフルター・アルゲマイネ紙)に送る。メルケルの寄稿は政界に衝撃を与え、その前年に首相の座を降りた後も名誉党首として威信を保っていたコールに、引導を渡した。

 父親たるコールは、庇護(ひご)という形で、安心してメルケルを支配していたに違いないが、彼女にはこうした「パターナリズム」からの脱却がどうしても必要だった。コールの余裕ある態度は、彼女を見下していることを物語っていた。コールはメルケルにとって「第二のベルリンの壁」だったのだ。

 メルケルの爆弾的な寄稿はコールだけでなく、その後継者と目されていたCDU党首ショイブレをも巻き添えにした。辞任に追い込まれたショイブレの後釜に座ったのが、メルケルであった。

 これほどの大物2人を追い落としておきながら、メルケルは後ろめたさを感じているようには見えない。後年、彼女はあるインタビューで、「あの記事は言ってみれば警報のようなものでした。こうでもしないと私たちは沈んでいくだけだと思い、彼(ショイブレ)を助けるために記事を書きました」と澄ましている。「このメルケルの発言を知ったショイブレは絶句したに違いない」とランテルゲムは書いている。

拡大首相選出30周年式典で自らの肖像切手を手にするコール元首相(中央)とメルケル首相(右)=2012年9月27日、ベルリン

監視社会の東ドイツで抱いたアメリカへの憧れ

 これを皮切りに、メルケルは次々とライバルを蹴落とし、わずか6年後の2005年にはドイツ初の女性首相となる。

 メルケルは常に少数派であった。科学アカデミーの研究室で女性はメルケルただ一人だった。CDUはカトリックの男性が幅を利かせる保守政党であり、くわえてプロテスタントのメルケルは異質な存在だった。周囲と違っていることにメルケルは慣れていた。何より他の政治家と彼女を隔てたのは、東側の世界で前半生を過ごしたという過去だった。

 自由を奪われた東ドイツの監視社会は、精神形成に影響を与えた。若かったアンゲラは民主主義世界、とりわけアメリカに憧れた。2009年11月にアメリカ合衆国議会で行った演説で、彼女は東ドイツ時代、アメリカンドリームに熱い思いを抱いたことを打ち明けている。

拡大トランプ米大統領(右)と言葉を交わすメルケル独首相=2018年6月8日、カナダ・シャルルボワ
 誰もが努力次第で目標に達する機会を与えられる社会。それがアンゲラの描いたアメリカのイメージだった。若い頃に根づいた思いは、政治に携わってからの「親米路線」に繋がった。そんな理想化された“アメリカ像”を否定したのが、ほかならぬドナルド・トランプだった。

 2016年11月、大統領選に勝ったトランプにメルケルが贈った祝辞は、通例とは異なるものであった。ドイツとアメリカは民主主義、自由、個人の権利と尊厳の尊重といった価値観によって結ばれており、これらに基づいた緊密な協力関係を新大統領に提案すると述べ、民主主義的価値観に反する発言を繰り返すトランプにくぎを刺しているのだ。

 その後まもなく、メルケルは続投の意思を表明。「11年間政権を握ったうえで4期目をかけて出馬するという決意は生半可なものではありません」と述べたが、この決断にはトランプ当選も影響しているのだろう。

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筆者

清水珠代

清水珠代(しみず・たまよ) 翻訳家

1962年京都市生まれ。上智大学フランス文学科卒。訳書に、マリオン・ヴァン・ランテルゲム『アンゲラ・メルケル 東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで』(東京書籍)、ジャン=クリストフ・ブリザールほか『独裁者の子どもたち─スターリン、毛沢東からムバーラクまで』、ディアンヌ・デュクレほか『独裁者たちの最期の日々』、アンヌ・ダヴィスほか『フランス香水伝説物語─文化、歴史からファッションまで』(以上、原書房)などがある。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです