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ノルドストリーム2の完成を地政学から読み解く

ロシアのガスパイプライン網と欧州のエネルギー安全保障

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年9月6日、海底ガスパイプライン(PL)「ノルドストリーム2」(NS-2)の建設プロジェクトを運営するスイスの会社Nord Stream 2 AG(ロシア最大のエネルギー総合会社、ガスプロムが株式の100%を保有)は同PLの最後のパイプが溶接されたと発表した。6月の第一ラインについで、第二ラインの敷設も完了したことになる。

Frame Stock Footage/shutterstock.comFrame Stock Footage/shutterstock.com
 バルト海の海底に敷設された既存の「ノルドストリーム」(NS)に並行して敷設されたもので、総延長は約1200キロメートルにのぼる(下図を参照)。天然ガスの輸送能力はPL2本の合計で年550億立方メートルであり、既存のNSと同じだ。このプロジェクトは当初、2020年後半に完成する予定だったが、米国の制裁圧力のために建設完了が危ぶまれていた。このPL完成は今後、エネルギー安全保障の観点からヨーロッパやロシアなどにどのような影響をおよぼすのか。世界の覇権争奪にかかわる地政学の立場から論じてみたい。

 なお、PLをめぐる解説書として、拙著『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局, 2007年)がある。ほかにも、アマゾンのKindle版として『ガスプロムの政治経済学』(2013年版, 2016年版, 2019年版)があるので、参考にしてほしい。

ガスプロムの対欧州ガス輸出

 NS-2の意義を理解するためには、ガスプロムの対欧州ガス輸出ルートを知らなければならない。輸出方法には二つある。第一は陸ないし海底にPLを敷設し、ガスに圧力を加えて送り出すポンプステーションを適宜配置して輸送する方法と、液化天然ガス(LNG)を専用輸送船で海上輸送する方法である。ここでは、前者に焦点をあてる。

 下図を見てほしい。①はNS、②はヤマル-ヨーロッパと呼ばれるガスPLだ。③はトルコストリーム(TS)、④はプログレス、⑤はウレンゴイ-ウジゴロド、⑥はブルーストリーム、⑧はNS-2を示している(なお、⑦は「シベリアの力」というPLで、下図にはない)。このほかに、LNG運搬船による欧州への輸出も行われている。

 こうしてみると、ロシア産ガスの対欧州輸出ルートは多岐にわたっていることがわかる。ただし、②はロシアに非友好的なポーランド、④と⑤はロシアと敵対的なウクライナを経由するため、安定的な輸送に不安がある。

 ガスプロムとしては、とくにウクライナとの関係悪化から、欧州向けの安定的なガス輸出ルートを確保するためにTSやNS-2を計画していた。TSについては、サウスストリームと呼ばれる4本のPLで総輸送能力年630億立方メートルのガスPLの建設に取り掛かっていたものを急遽変更し、年間の輸送能力157.5億立方メートルのガスPL2本を、黒海海底を通ってトルコに敷設することになった。1本はトルコ向けで、もう1本はバルカン諸国およびハンガリー向けとなる。2018年11月、最初にトルコ止まりの1本の黒海海底部分の敷設が完了した。トルコ向けは2019年2月の段階で稼働しており、バルカン・ハンガリー向けもすでに開通している。

 ただ、TSの輸送能力がそれほど多くないため、ガスプロムはNS-2の完成により、ウクライナ経由のPLが利用できなくなっても、欧州向けのガス輸出が安定的に可能な体制づくりをめざしていたのである。

米国の制裁:「一次制裁」と「二次制裁」

 こうしたガスプロムの目論見に立ちはだかったのが米国政府による対ロ制裁であった。その際、注目すべきは「一次制裁」と「二次制裁」の区別である。ジョー・バイデン政権に近い米国のシンクタンクCNAS(Center for a New American Security)によって公表された、「数字で見る制裁 米国の二次制裁」という論文を参考にしながら、この問題について簡単に紹介しておきたい。

 まず、一次制裁とは、米国との関連性があり、米国の司法権の対象となる活動に関与している企業や個人を対象とし、一次制裁の対象となる人物との取引を米国の法律の下で違法とする効果がある。これに対して、二次制裁は、米国との関連性がなく、取引当事者の法域では合法である可能性がある、通常の一定距離を置いた商業活動を対象とする。米国の個人や企業は、米国法の問題として一次制裁を遵守しなければならず、そうでなければ刑事・民事上の罰則を受ける可能性があるが、二次制裁は、米国以外の対象者に、米国と取引するか、制裁対象と取引するかの選択を迫るものであり、その両方ではない。

 一次制裁では、米国政府は、米国の個人や団体が指定された外国の事業体と経済的に関わることを制限するとともに、米国外の個人や団体による、ニューヨークの銀行を経由した為替取引などの「米国との関連性」を有する取引を制限する。米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、司法省や州レベルの法執行機関と協力して、民事および刑事上の罰則により、主要な制裁措置を実施している。

 OFACは、米国との結びつきがない非米国の個人や団体に二次制裁を適用する。外国人が、OFACの特別指定国民(SDN)リストに掲載されている人物との取引に参加するなど、二次制裁の対象となる行為を行ったと判断した後、国務省または財務省は、その外国人に課すアクセス制限の重さを選択する。これらには、輸出ライセンスや米国金融機関からの融資の拒否などの措置が含まれ、最も深刻なケースでは、外国人をSDNに指定することもある。二次制裁は、民事・刑事上の罰則による執行ではなく、米国政府が米国の金融システムの優位性を利用して、外国人に制裁対象者との合法的な取引を断念させようとしている。

ロシアにとって重荷となった二次制裁

 2017年8月2日、ドナルド・トランプ大統領は「制裁を通じた米国の敵対者対策法」(CAATSA)に署名し、とりわけイラン、ロシア、北朝鮮に新たな制裁を課すことになった。2016年の米国大統領選挙にロシアが干渉したことを受けて可決されたCAATSAは、ロシアに対してより強硬な姿勢を貫くことを議会は意図しており、ロシアにとって、「CAATSAは、ロシアのターゲットに対する二次制裁の開始を意味」した。この法律を受けて、ロシア関連の制裁プログラムが初めて拡大され、特定のロシアの石油プロジェクトへの投資や、ロシアの情報機関や防衛部門との取引に対する強制的な二次制裁が盛り込こまれたのである。ロシアのエネルギーPLへの投資に対する裁量的な二次制裁も課された。

 さらに、2019年12月に2020年国防権限法(NDAA2020)の一部として制定された欧州エネルギー安全保障法(PEESA)により、NS-2建設向けに水深100フィート以上のパイプライン敷設作業に従事する船舶およびそのような船舶を意図的に売却・貸与、または提供もしくはそのような取引の実施を支援する非米国人をSDNに収載した。二次制裁を利用して、露骨にNS-2の建設を妨害しようとしたことになる。

 米国がNS-2を問題視する理由は主に三つある。第一に、NS-2によって欧州の対ロガス依存が高まることで、ロシアの欧州への影響力が強まるという懸念が米国にある。第二に、ウクライナ経由の対欧輸出ルートを不要にするNS-2の完成がウクライナへのガス通行料支払いをゼロし、ウクライナの弱体化につながるという問題だ。ポーランド経由で欧州に向かうヤマル-ヨーロッパルートの輸送量が減り、ポーランドへの通行料支払いも削減されかねないから、ポーランドもNS-2に反対している。第三に、ロシア産ガスの対欧州輸出を少しでも減らして、米国産LNGの対欧州輸出を増加させたいと米側はねらっている。トランプ政権時代には、第三の理由が強く働いていたように思われる。

バイデン政権による見直し

 2021年1月に誕生したジョー・バイデン政権はNS-2に対する二次制裁の姿勢を見直すことにした。米国と欧州諸国、とくにドイツとの同盟関係を強化するために必要であると判断したのである。5月19日になって、米国務省は、NS-2に関する制裁リストを盛った報告書を議会に提出し、NS-2の建設に関わる船舶に制裁を科すが、Nord Stream 2 AGやその最高経営責任者(CEO)、マティアス・ヴァルニグ(元東ドイツ・シュタージの諜報員で、ウラジーミル・プーチンの旧友)は制裁の適用除外とした。同月22日、米財務省はNS-2建設に関わるロシアの船舶13隻と企業4社に制裁を科したが、同じく、Nord Stream 2 AGとその経営陣には制裁を加えなかった。

 こうして、この時点ですでに95%が敷設済みであったNS-2の建設が前に進むことが可能となったのである。

 ただし、9月になってNS-2が物理的に完成したとはいえ、実際にNS-2を稼働させるには、Nord Stream 2 AGがガス輸送事業者としての認証を連邦電気・ガス・通信・郵便・鉄道ネットワーク庁(BNA)から受けなければならない。規制当局の決定は2022年1月8日までに出される可能性があるが、これは2021年9月26日のドイツ連邦議会選挙後に調整が行われるかもしれないドイツ連邦政府の立場に大きく左右されると予想される。さらに、BNAが決定を下すと、この問題は欧州委員会(EC)に委ねられる。つまり、NS-2がすぐに稼働できるわけではないのである。

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