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ノルドストリーム2の完成を地政学から読み解く

ロシアのガスパイプライン網と欧州のエネルギー安全保障

塩原俊彦 高知大学准教授

ロシアにとって重荷となった二次制裁

 2017年8月2日、ドナルド・トランプ大統領は「制裁を通じた米国の敵対者対策法」(CAATSA)に署名し、とりわけイラン、ロシア、北朝鮮に新たな制裁を課すことになった。2016年の米国大統領選挙にロシアが干渉したことを受けて可決されたCAATSAは、ロシアに対してより強硬な姿勢を貫くことを議会は意図しており、ロシアにとって、「CAATSAは、ロシアのターゲットに対する二次制裁の開始を意味」した。この法律を受けて、ロシア関連の制裁プログラムが初めて拡大され、特定のロシアの石油プロジェクトへの投資や、ロシアの情報機関や防衛部門との取引に対する強制的な二次制裁が盛り込こまれたのである。ロシアのエネルギーPLへの投資に対する裁量的な二次制裁も課された。

 さらに、2019年12月に2020年国防権限法(NDAA2020)の一部として制定された欧州エネルギー安全保障法(PEESA)により、NS-2建設向けに水深100フィート以上のパイプライン敷設作業に従事する船舶およびそのような船舶を意図的に売却・貸与、または提供もしくはそのような取引の実施を支援する非米国人をSDNに収載した。二次制裁を利用して、露骨にNS-2の建設を妨害しようとしたことになる。

 米国がNS-2を問題視する理由は主に三つある。第一に、NS-2によって欧州の対ロガス依存が高まることで、ロシアの欧州への影響力が強まるという懸念が米国にある。第二に、ウクライナ経由の対欧輸出ルートを不要にするNS-2の完成がウクライナへのガス通行料支払いをゼロし、ウクライナの弱体化につながるという問題だ。ポーランド経由で欧州に向かうヤマル-ヨーロッパルートの輸送量が減り、ポーランドへの通行料支払いも削減されかねないから、ポーランドもNS-2に反対している。第三に、ロシア産ガスの対欧州輸出を少しでも減らして、米国産LNGの対欧州輸出を増加させたいと米側はねらっている。トランプ政権時代には、第三の理由が強く働いていたように思われる。

バイデン政権による見直し

 2021年1月に誕生したジョー・バイデン政権はNS-2に対する二次制裁の姿勢を見直すことにした。米国と欧州諸国、とくにドイツとの同盟関係を強化するために必要であると判断したのである。5月19日になって、米国務省は、NS-2に関する制裁リストを盛った報告書を議会に提出し、NS-2の建設に関わる船舶に制裁を科すが、Nord Stream 2 AGやその最高経営責任者(CEO)、マティアス・ヴァルニグ(元東ドイツ・シュタージの諜報員で、ウラジーミル・プーチンの旧友)は制裁の適用除外とした。同月22日、米財務省はNS-2建設に関わるロシアの船舶13隻と企業4社に制裁を科したが、同じく、Nord Stream 2 AGとその経営陣には制裁を加えなかった。

 こうして、この時点ですでに95%が敷設済みであったNS-2の建設が前に進むことが可能となったのである。

 ただし、9月になってNS-2が物理的に完成したとはいえ、実際にNS-2を稼働させるには、Nord Stream 2 AGがガス輸送事業者としての認証を連邦電気・ガス・通信・郵便・鉄道ネットワーク庁(BNA)から受けなければならない。規制当局の決定は2022年1月8日までに出される可能性があるが、これは2021年9月26日のドイツ連邦議会選挙後に調整が行われるかもしれないドイツ連邦政府の立場に大きく左右されると予想される。さらに、BNAが決定を下すと、この問題は欧州委員会(EC)に委ねられる。つまり、NS-2がすぐに稼働できるわけではないのである。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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