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菅義偉首相は世論を“聞きすぎて”1年で退任した

強面の政治家はなぜ必要以上に世論を気にしたのか。危機の時代に必要は人材とは

加藤博章 関西学院大学国際学部兼任講師

万人受けする政策ばかりではない

 もちろん、世論の動向を意識して方針を転換することは否定されるべきものではない。菅政権以外の政権でも、世論の圧力を受けて政策を転換した例は枚挙にいとまがない。ただ、菅政権の場合は、そもそもなぜその政策を推進するのかという根本の部分が見えづらいという点に問題があると、私は感じている。

 多様な人々が生きる社会において、万人受けする政策は実のところ少ない。ある国民には利益になっても、他の国民にとっては打撃となる。あるいは、現段階では国民の反対を招く可能性があるが、将来を見据えれば実現しなくてはいけないという政策もある。

 それは、コロナをめぐる現状からも明らかだ。この1年半、人々は緊急事態宣言の発出などで自粛を余儀なくされ、自分のしたいことが出来ていない。このように耐え忍ぶ生活よりも、自由に生きる方がいいに決まっている。でも、それをせずに宣言を受け入れているのは、自粛をしなければ、コロナウイルスの感染を拡大させてしまうからだ。多くの人々はそれが分かっているからこそ、不満を抱えながらも、耐えているのである。

 消費税もその典型であろう。誰しも税金を多くは払いたくない。しかし、借金がかさむ一方の日本を立て直すには、安定して得られる新たな財源が必要となる。それが分かっているからこそ、過去の政権はその「政治的リソース」をすり減らしても、消費税を導入してきた。

 もちろん、こうした政策がすべて実を結ぶとは限らない。政治は「結果責任」であるが、どのような結果を招来するかは神のみぞ知るだ。しかし、予見が出来なくても、一定の時点で決断をしなくてはいけない。それが政治家の仕事だからだ。

拡大自民党本部=東京都千代田区

断固やり抜く決意に欠ける

 菅政権を振り返ると、先行きと効果への深慮、必要であれば断固やり抜くという決意に欠けた政権だったと私は見ている。

 例えばコロナ対策について、菅政権は当初、経済と感染抑制の両立を図ろうとした。欧米のようにロックダウンはそもそも出来ず、コロナウイルスによる死者や感染者が欧米に比べて少ないという状況では、この方針にある程度の理を認めることが出来る。菅政権がこうした方針を採用したのも頷(うなづ)ける。

 しかし、菅政権はこの方針を貫徹出来なかった。経済と感染抑制の両立は口で言うほど簡単ではない。感染拡大がどこまで広がれば経済を止めなくてはいけないのか、裏を返せば、どこまでの感染拡大を許容するのか、バランスのとれた線引きについて、菅政権は明確な方針をつくり、それを国民に示すことができなかった。

 政策の心棒が強固でなく、説明も足りないので、政府の真意が伝っていない世論からの逆風が強まれば、あっさりとその方針を翻してしまう。結果的に世論の顔色ばかりを伺うことになってしまったのである。

 世論は風と同じで移ろいやすい。その動向は掴みどころがなく、「ここ」という一貫したものはない。私は、民主主義における世論の大切さは認めながらも、世論にすべてを頼るのは危険すぎると思っている。しかし、菅政権はそれに頼ってしまったのである。


筆者

加藤博章

加藤博章(かとう・ひろあき) 関西学院大学国際学部兼任講師

1983(昭和58)年東京都生まれ。専門は国際関係論、特に外交・安全保障、日本外交史。名古屋大学大学院環境学研究科社会環境学専攻環境法政論講座単位取得満期退学後博士号取得(法学博士)。防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター調査員、独立行政法人日本学術振興会特別研究員、ロンドン大学キングスカレッジ戦争研究学部客員研究員、東京福祉大学留学生教育センター特任講師、一般社団法人日本戦略研究フォーラム主任研究員、防衛大学校人文社会科学群人間文化学科兼任講師を経て、現在関西学院大学国際学部兼任講師。主要共編著書に『自衛隊海外派遣の起源』(勁草書房)、『あらためて学ぶ 日本と世界の現在地』(千倉書房)、『元国連事務次長 法眼健作回顧録』(吉田書店)、「非軍事手段による人的支援の模索と戦後日本外交――国際緊急援助隊を中心に」『戦後70年を越えて ドイツの選択・日本の関与』(一藝社)、主要論文に「自衛隊海外派遣と人的貢献策の模索―ペルシャ湾掃海艇派遣を中心に」(『戦略研究』)、「ナショナリズムと自衛隊―一九八七年・九一年の掃海艇派遣問題を中心に」(『国際政治』)。その他の業績については、https://researchmap.jp/hiroaki5871/を参照。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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