独国民は「メルケル路線」を総選挙の論点に意識する。日本はもっと議論と意思表示を
2021年09月25日
ドイツでは、「メルケル路線の継続」が選挙の論点としてはっきり意識された。この点、日本はどうか。
ドイツ連邦議会の総選挙が9月26日に迫る。現在の勢いでは、メルケル首相のキリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)が連立を組む社会民主党(SPD)が勝利しそうだ(SPD:25%, CDU/CSU:21%, 緑の党:16%, 9月23日、Kantar世論調査)。その意味するところは、「ドイツ国民は、変化を望んでいない、メルケル首相後継のCDU/CSU新党首には不満があるが、メルケル路線自体はこのまま続いてくれることを望んでいる」ということだ。
メルケル首相就任後の16年、ドイツ国民は大方満足できる生活を送ってきた。EU拡大の果実を独占的に享受、中国市場への進出も進み、欧州債務危機も何とか乗り切って、経済は順調に推移してきた。ドイツ経済がEUの中で飛びぬけた位置を占めるにつれ、ドイツの発言力も増大、EUはドイツ抜きでは語れないほどになった。
そのメルケル路線が躓いたのが、2015年の難民危機だ。全国に難民が溢れ、国民は、こんな事態は到底受入れられないと反発、極右政党ドイツのための選択肢(AfD)がついに議会に進出した。この難民危機が引き金となり、メルケル首相は2021年秋限りでの引退に追い込まれた。
難民に関しては、ドイツ国民は依然メルケル路線に反対だ。しかしそれを除けば、メルケル路線がこのまま続いてくれることこそ、ドイツ国民が望んでいることといっていい。
この秋の総選挙に首相候補として名乗り出たのがアルミン・ラシェットCDU/CSU党首、オラフ・ショルツSPD党首代行兼財務相、アンナレーナ・ベーアボック緑の党共同代表の3人。各政党のうち、単独あるいは連立で最多議席を獲得した勢力の代表が首相になる。
このうち最有力候補でCDU/CSU内のメルケル後継として登場したのがラシェット氏だった。ラシェット氏は、「メルケル路線の継承」を宣言した。ところが、この人物、抜群の安定感を誇るメルケル首相を見慣れた国民からすればどうも頼りない。結局、選挙が近づくにつれ、支持率が下落していった。
もう一方の緑の党のベーアボック氏。こちらが躓いたのは、直接は経歴詐称と盗作疑惑だったが、元々、緑の党の基本は「メルケル路線からの決別」だ。緑の党が躍進した2019年半ばごろ、国民は、難民危機の対応を通してメルケル首相を見ていた。そういうメルケル首相の路線は転換されなければならない。かくて、当時、緑の党が一躍脚光を浴びることとなった。
しかし、いざ、メルケル退陣が現実のものとして迫ってきた時、国民は「難民対応」のメルケル首相ではなく、「16年の安定をもたらした」同首相を思い起こすことになる。緑の党は、そういう国民の意向に沿ったものではなかった。
そこで三人目のショルツ氏だ。同氏のSPDは中道左派だから、中道右派のCDU/CSUとは立ち位置が異なる。SPD政権になれば、メルケル路線は変更だろう。しかし、SPDは連立政権の一翼として、この8年弱、メルケル首相のCDU/CSUとともに与党の座にあった。メルケル首相自身CDU/CSU内ではSPDに近い。つまり、形式的にはともかく、実質的には、SPD政権がメルケル路線を大きく変えるとは言い難い。
何よりショルツ氏自身が「メルケル路線の継承者」として自らを売り込んだ。自分は、メルケル政権の財務相として実績を積んできた、メルケル政権の経済政策の責任者は自分だ、として継承者の正統性をアピールした。かくて、国民には、ショルツ氏こそが、安心感ある「メルケル路線を継承」する適任者と映った。同氏及びSPDは、このまま支持率を維持しそうな勢いだ。
さて、わが日本は、「安倍・菅路線の継続」と「転換」のいずれを選ぶか。
そう言っても、9月29日に行われる自民党の総裁選挙は、党員投票と議員投票がそれぞれ382票ずつに算定されるが、党員投票の有権者は、自民党員と党友だ。国民ではない。ただ、直後に衆議院総選挙を控えていることもあり派閥の締め付けは限定的で、382票には「かなりの程度」国民の意向が反映されると見られる。残る382票は、自民党議員が有権者で、若手はともかく、それ以外の議員の投票に国民の意向がどの程度反映されるか、定かでない。
結局、国民の意思はその後に行われる総選挙で示されることになる。ところが直前の自民党総裁選挙で新たな党の顔が決まることもあり、総選挙は自民党に有利に展開しそうだ。現に、菅退陣が表明されただけで自民党の支持率は10ポイント以上跳ね上がった。国民が何を望んでいるかを探るには、こういう「一過性の」変動要因を差し引かねばならないが、それは必ずしも容易でない。ここは、ひとまず、自民党総裁選が民意を反映するとの前提で話を勧めたい。
安倍晋三、菅義偉氏が首相の座にあったこの9年弱をどう評価するか。
経済は、安倍政権発足前のどん底から曲がりなりにも復調した。日経平均は、バブル期のレベルに近づきつつあり、失業率も大きく改善した。女性の雇用は、見違えるほどの前進だ。但し、成長率は1%前後にとどまり、物価は目標の2%に依然及ばず、賃金は長期低迷、それもあり格差は拡大するばかりだ。生産性は依然低迷したままだし、デジタル化も遅れ、引用論文数も中国に大きく引き離される等、国際競争力の低下は目を覆う。
他方、外交は、対米関係は安定しているものの、防衛費負担の問題は残り、北朝鮮の脅威、中国の海洋進出、台湾有事の備え等、喫緊の課題は目白押しだ。内政は、「モリ・カケ・桜」で、国民の心には、依然、モヤモヤ感が残る。官僚の忖度は大きな問題だし、日本学術会議人事や検察幹部の定年延長問題等、強権的手法も気にかかる。
こういう「安倍・菅路線を継承」するのが誰で、「転換」するのは誰か。
ところが、この点に関し、立候補した4氏の対立軸は必ずしも明確でない。安倍氏は高市早苗氏の、菅氏は河野太郎氏の支持と別れ、誰が安倍・菅路線の継承者か判然としない。
各候補の政策も、岸田文雄氏は、安倍首相以降、格差が深刻化したとして新自由主義からの転換を主張するが、「モリ・カケ・桜」については、説明は必要だが再調査はしないという。河野氏は、脱原発、女系天皇で過去に過激発言があったが、この総裁選ではそれを「封印」したようだ。両氏とも、「改革が必要」とし「真の保守政党を目指す」という。「継承」「転換」といっても、政策ごとに細かく見ていく必要がある。これに対し、高市氏はアベノミクス継承と、その立場は明快だ。
河野氏が、「挙党体制に協力してもらいたい」とし、石破氏がこれに応じた。おそらく河野氏が首相になれば、石破氏は相応のポストに座るものと思われる。河野氏の狙いは、石破氏取り込みにより一回で勝負を決めることだ。
上位二者の決選帳票になれば、安倍氏は岸田支持に回ると見られる。既に支持を表明している麻生太郎氏とともに岸田氏を支えるが、これに対し、二階俊博氏が河野支持に回るだろう。
つまり、「岸田、安倍、麻生」対「河野、石破、二階、菅」の構図だ。
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