強権政治、官邸主導、世代交代、政策論争、派閥融解……メディアの当たり前に疑義
コロナ禍に揺れ続ける日本で、政治もまた不安定な「移行期」に入ったかのようにみえます。歴代最長を記録した安倍晋三政権を引き継いだ菅義偉政権は1年で幕を降ろし、ポスト菅を決める自民党総裁選は波乱含みの展開。そんななか、自民党総裁選に続き、政権選択選挙である衆院選と政権の実績が評価される参院選が、来年夏までに立て続けに行われるのは、主権者である有権者にとって一種の僥倖(ぎょうこう)かもしれません。
とはいえ、この幸運を生かし、私たち有権者の選択を実のあるものにするためには、なにより「よい問いかけ」が大切になると思います。安易な結論に飛び付くことなく、移行期ならではの変転する現実を腰を落として追いかけ、何が真実なのか徹底して考えて見抜く契機となる、意味のある問いが間違いなく必要なのです。
「論座」では、そうした問いかけをかわすプラットフォームとして「政治衆論2021」をはじめます。世代も性別も様々な研究者や記者に参加していただき、総裁選、衆院選、さらに参院選に視野に、多様な問いを発し、検証し、議論を深めます。そのスタートとなる今回は、安倍政権、菅政権の9年の総括で何が問われているのか、コロナは日本の政治にどんな影響を与えているかなどについて、意見を交わしました。(司会・構成 論座編集部・吉田貴文)
◇今回の議論に参加していただいた方々
御厨貴(みくりや・たかし) 東京大学名誉教授
1951年生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大教授、政策研究大学院大学教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、放送大学教授、青山学院大特任教授を経て現職。政治史学。著書に『政策の統合と権力』『馬場恒吾の面目』『権力の館を歩く』など。
松本朋子(まつもと・ともこ) 東京理科大講師
1985年生まれ。東京大学法学部卒業。2016年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。名古屋大学特任講師、ニューヨーク大学客員研究教授を経て18年から現職。専攻は実証政治学・実験政治学・政治行動論・政治史。研究成果を海外学術雑誌に掲載。
曽我豪(そが・たけし) 朝日新聞編集委員(政治担当)
1962年生まれ。東京大学法学部卒業。朝日新聞社に入り、熊本支局、西部本社社会部を経て89年に政治部。首相官邸、自民党、野党、文部省など担当。週刊朝日編集部、月刊誌「論座」副編集長、政治部長、東大客員教授などを歴任。2014年から現職。
岡村夏樹(おかむら・なつき)朝日新聞政治部記者
1978年生まれ。食品メーカーを経て2005年に朝日新聞社に入り、徳島、水戸両総局などを経て2011年5月に政治部。自民党の清和政策研究会(現細田派)や志公会(麻生派)、公明党、官房長官番、財務省などを担当、現在は清和研と安倍前首相を主に取材している。
――「政治衆論2021」をはじめます。コロナの時節柄、オンラインでの座談会になりますが、まずは現下の政治状況について、御厨さんから「問題提起」をしていただき、前半ではこれに基づいて議論をしたいと思います。御厨さん、どうぞ。
◇御厨貴さんの問題提起◇
安倍晋三政権とそれを継承した菅義偉政権の9年近くに及ぶ政治が幕を下ろします。メディアは安倍・菅政治の総括をしてはいますが、自民党総裁選と平行しているせいか腰を据えた検証ができていない印象です。総裁選に立った4人の候補もまた、9年の総括に踏み込んでいない。過去を振り返ることなく先へ先へと進むだけの政治になっています。
総括が不十分なので、各候補が掲げる政策にも新しさがない。安倍・菅両政権の政策の微修正にとどまっています。コロナ禍を克服するべく、総裁選、直後の衆院選、来夏の参院選の三つの選挙を視野にいれた大きな構想を期待したのに、そうなっていません。
そもそも、メディアで当たり前のように言われている安倍・菅政権についての「見立て」につて、私は疑問を抱いています。たとえば、安倍・菅政治は「強権」だったと言われます。具体例として、「桜を見る会」や森友学園問題が挙げられますが、9年を通じて、強権がどう行使されたか、具体の検証は十分とは思えません。
安倍・菅政権を特徴付ける「官邸主導」も、内閣人事局で恣意(しい)的な人事が行われ、官僚の過度な「忖度(そんたく)」を招いたことばかりが強調され、1990年代の「橋本(龍太郎)行革」に端を発し、2000年以降、自民、民主の各政権が追求してきた官邸主導が何を目指していたかは見過ごされている感があります。
こうした「見立て」をいったん疑い、客観的に検証することが不可欠です。そうしてはじめて、ポスト安倍・菅政治がその一歩を踏み出すことができます。
さらに、あらゆることに疑いを持つというスタンスから、総裁選について幾つか疑問点も指摘しておきたい。
今回の総裁選では、派閥の締め付けがきかなくなったといわれます。以前と比べて派閥のありがたみがなくなったのは事実でしょう。とはいえ、菅さんは二階派をはじめ派閥の多数に支持されて首相になりましたし、今回の総裁選でも、派閥の影響力は無視できません。派閥が融解したというのは本当でしょうか。
総裁選で注目される「世代交代」というキーワードも疑わしい。自民党内で当選1~3回の若手議員の数が増え、存在感を増してはいます。ただ、世代交代は若い人が年配者より元気があり、取って代わる意気込みがあってこそ実現しますが、自民党の長老たちと若手の間には依然、力の差がありありです。
政策論争で総裁を選ぶという触れ込みも眉唾です。各候補の政策はおよそ体系的なものとは言い難く、政策を断片的に安売りしているようにしか見えない。本格的な政策論争が行われているとは到底思えません。
こうしてみると、今回の総裁からは過去の総裁選にあった権力闘争の迫力は感じられない。みんなおとなしく、スローモーションビデオのような状況です。
――岡村さんは朝日新聞政治部の記者として日々、永田町の動きを取材していますが、この問題提起について、どのように思われますか。
岡村 第2次政権がはじまったとき、安倍首相がまず手をだしたのは日銀総裁人事です。総裁を、金融緩和に慎重な白川方明さんから積極派の黒田東彦さんに代えた。その後も、党税調の頭越しに法人税を引き下げるなど、首相の権力を存分に振るいました。その一翼を担っていたのが、官房長官の菅さんや官房副長官の杉田和博でした。その意味で、安倍政権は一貫して「強権」政治だったと考えています。
世代交代については、私も疑わしいと思っています。たとえば福田達夫さんがやっている「党風一新の会」にしても、派閥の否定や世代交代を考えているわけではありません。幹事長の二階俊博さんや国対委員長の森山裕さんらに根回ししたうえで動いている。派閥の力は健在で、長老たちはまだまだ力を持っています。
4候補が安倍・菅政治の総括していないという指摘もありましたが、そもそも総括するつもりがありません。岸田さんや高市さんは安倍政権の継承。総括をするどころか、上積みをしていこうということです。河野さんは違いを見せようとしていますが、一方で菅さんの路線を伸ばそうとしていて、総括するという発想はたぶんありません。
御厨 総括なんてされると、自分たちにとって不利で聞きたくないことを言われると思っている。だから、そこに目を向けない。総括を踏まえて何かをしようという発想はおそらくないのでしょう。