新たなパンデミックを想定すると、電子投票制度の整備は必然だ
2021年10月08日
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威で、療養者数が10万人を超えるなかで、衆議院選を迎えそうな情勢にある(下図を参照)。本当は、どこにいてもインターネット経由でオンラインによる投票ができれば、療養者の投票がしやすくなり、投票者が増えるだろう。しかし、実際には、郵便投票でさえ日本ではそう簡単にできるわけではない。
実は、筆者は、2020年3月30日付で、このサイトに拙稿「スマートフォンによる電子投票は実現しないのか:世界の潮流に遅れた日本 テクノフォビアを打ち倒せ」を公表したことがある。この論考を踏まえたうえで、最近の世界の電子投票への取り組みを紹介しながら、日本も一刻も早く電子投票化に動き出すべきであると論じたい。新たなパンデミックを想定すると、電子投票制度の整備は必然であると思われるからである。
まずは、電子投票を議論するために、基礎知識を身につけてほしい。そのためには、47カ国が加盟する欧州評議会が2020年3月に公表した報告書「選挙におけるデジタルテクノロジー」が参考になる。欧州評議会は、投票と集計に使用されるデジタル技術の規制について先駆的な取り組みを行っており、2004年に最初の勧告を採択した。その後、勧告は2017年の欧州評議会閣僚委員会の勧告(CM/Rec(2017)5)に置き換えられ、欧州選挙制度の原則を、電子投票システムの要件にどのように変換するかについて指針を示す唯一の国際文書となっている。その原則とは、普遍的、平等、自由、秘密などである。
選挙に関連するデジタル化されたデータには、有権者名簿、候補者名簿、電子形式で入力された結果などがある。デジタル化されたプロセスには、電子登録、有権者の電子識別、投票所やインターネット上の投票機での電子投票、電子集計(結果の登録や計算、場合によっては議席の割り当てにも使用されるソフトウェア)、統計目的で使用されるソフトウェア、予備結果や最終結果の電子送信(例えば、投票所から中央装置への送信)などがある。
そのうえで、電子投票は、投票の電子化と紙の投票の電子化からなるとみなすことができる。投票の電子化には、投票所での電子投票機(EVM)による投票と、管理されていない環境でのインターネットを介した投票(i-voting)の両方が含まれている。ほかにも、光学スキャナを使って紙の投票用紙をデジタル化し、集計を行うe-countingといった電子化もある。
電子投票というとき、EVMとi-votingの両方があるために、話がややこしくなる。報告書では、欧州評議会加盟国の個別の状況について、つぎのように紹介している。
「ベルギー(すべての選挙と国民投票にEVMを使用)、ブルガリア(国政選挙とEU選挙、ブルガリア共和国の大統領と副大統領の選挙にのみEVMを使用し、国民投票には使用しない)、エストニア(すべての国政選挙にi-votingを使用するが、異なる技術的ソリューションを使用する地方の住民投票には使用しない)などがある。フィンランドのオーランド自治区(i-voting、最近停止中)、フランス(66のコミューンでEVMを導入し、国会議員選挙と領事選挙ではフランス人駐在員にi-votingを導入、地方レベルでは地方議会がi-votingを利用して投票できる)、アイスランドとノルウェー(地方の住民投票のみi-votingを導入)、ロシア連邦(国政選挙と地方選挙でEVMを導入)、スイス(連邦、カントン、コミューンの投票と選挙でi-votingを導入、現在停止中)。」
もう一つの重大な事実は、ドイツやオランダなどで、利用開始となったEVMが停止され、それが電子投票全般のこれらの国への導入遅滞につながっているという点である。
ドイツでは、1998年にオランダのNEDAP製の電子投票機がケルンで初めて試験的に導入された。この実験は成功し、1年後の欧州議会選挙でもケルンはすべて電子投票機を使用した。すぐに他の都市も追随し、2005年の総選挙では200万人近くのドイツ人有権者がこのNEDAP製の機械を使って投票したという。
2005年の選挙後、2人の有権者が、選挙監視委員会への提訴に失敗した後、ドイツ憲法裁判所に提訴した。この訴訟では、電子投票機の使用が違憲であり、投票機のハッキングが可能であるため、2005年の選挙結果は信頼できないと主張した。
2008年9月の判決では、選挙の公共性の原則は、民主主義、共和国、法の支配を支持する憲法の基本的な決定に起因するもので、選挙のすべての重要な段階は公衆の監視の対象となる可能性があると規定している。ゆえに、有権者の投票を電子的に記録し、選挙結果を電子的に確認する投票機の使用は、投票と選挙結果の確認という本質的な手順を、専門的な知識がなくても確実に検証できる場合にのみ、憲法上の要件を満たす。
ところが、「有権者自身が、コンピュータ技術の詳細な知識がなくても、自分の投じた票が、開票の基礎として、あるいは少なくとも後の再集計の基礎として、混じりけのない方法で記録されているかどうかを理解できなければならない」という条件を投票機は満たしていない。すなわち、連邦投票機法は、選挙の公共性の原則を侵害しているため違憲とされた。
この判決の結果、ドイツでは投票機の使用が停止され、i-votingを含めた電子投票への移行が難しい情勢がつづいている。オーストリアでも、選挙管理委員が技術的な支援を受けずに任務を遂行できるような詳細な規定が投票規制にないために、既存の規定自体が憲法に違反していると考えられた。にもかかわらず、同規制は更新されなかったため、i-votingを想定することができない状況がつづいている。
一方、オランダでは、1965年に国会で電子法が可決された。その後、投票・集計に電子技術が利用されるようになる。だが、1998年の議会選挙で議席を失ったマイナー政党が投票・集計技術への批判を表明するようになる。さらに、2006年3月に行われたアムステルダム市議会議員選挙で、初めて電子投票が導入されて以降、投票機のセキュリティへの疑問などが広がる。電子投票機の独立性が問題化し、2007年9月、国務長官は記者会見を開き、1997年に制定された「投票機の承認に関する規制」を撤回するに至る。同年10月1日、オランダの国家裁判所は、すべての電子投票機の認証を取り消す決定を下す。そのため、国内では電子投票機は利用できなくなった。
だが他方で、ロシアのようにi-votingを急拡大させている国もある。2021年9月17~19日に実施された下院選の初日、ウラジーミル・プーチン大統領とミハイル・ミシューチン首相はオンライン投票を行った。このとき、プーチンの側近がCOVID-19に感染し、彼自身が濃厚接触者とされて隔離中であっただけに、i-votingの利用は時宜にかなっていた。
2021年5月25日付の中央選管の決定によって、クルスク州、ムルマンスク州、ニジニ・ノヴゴロド州、ロストフ州、ヤロスラブリ州、モスクワ市、セバストーポリ市で遠隔電子投票と呼ばれるi-votingが実施されることが正式に決まり、申請が締め切られた9月13日24時までに合計260万人以上の有権者がi-voting実施の事前登録申請をすませていた。このうち、モスクワだけで、201万人強が登録し、最終的なモスクワの電子投票率は96.5%となった(2020年の憲法改正のオンライン投票では93.02%、2019年のモスクワ市議会選では92.3%)。セバストーポリを除く他の地域では90%を超えた。なお、モスクワ市全体の投票率は50%と推定されており、登録有権者数744万人のうち192万人が投票所に足を運んだ。
下図にあるように、世界初のi-votingを実施したエストニアの実績と比べてみると、今回のロシアのi-votingの規模の大きさがわかるだろう。
モスクワ市の場合、2019年の市議会選で三つの選挙区で初めてi-votingが試され、2020年には夏の憲法改正に関する全国投票と秋の2つの選挙区での市議会補欠選挙においてもi-votingが行われた。興味深いのは、事前に電子投票を申請していた者の投票率が90%以上と高かったことである。
ただし、モスクワ市のi-votingにおいて、当局(連邦保安局)による不正が行われたとみられている(「ノーヴァヤガゼータ」を参照)。その方法には、二つあったらしい(詳しくは「ノーヴァヤガゼータ」を参照)。
第一は、ブロックチェーンを利用したインチキがまかり通っていたというものだ。ブロックチェーンのブロックには、取引の記録そのものに加えて、その取引を特徴づけるユニークな文字の集合であるハッシュが含まれている。次のブロックには、新しい取引の記録と、前のブロックから派生した新しい固有のハッシュが含まれている。
基本的にブロックチェーンは、新しい記録を追加することはできても、古い記録を削除するには多くのリソースが必要となるように暗号化されている記録システムだ。モスクワ市の場合、observer.mos.ruにアクセスすると、SQLデータベースをダウンロードして解凍するだけで、ブロック、暗号化された投票用紙、動作(トランザクション)の3つのテーブルを見ることができる。ブロックチェーンは、このテーブルが決して改竄されていないことを確認する方法ということになる。そのためには、トランザクションはすべて独立した別のサーバーに保存されなければならない。こうしておけば、どこかのブロックがハッシュを変更すると、他のすべてのサーバーが「ストップ! 別のものが書かれている」とわかる。
しかし、モスクワでのi-votingに際しては、そこでは、これらのノード(サーバー)はすべて、モスクワ情報技術部(DIT)がソースから構築したコードによって制御していた。ゆえに、30分ごとに、チェーン全体をロールバックして、完全にインチキな選挙を記録することができたと考えられている。
これに関連して、不可思議なのは投票結果が解読された件数が131万9943件にとどまり、約70万件がどうなったのかまったくわからないという抗議の声がある点だ。
第二の方法は、i-votingに参加しながら「再投票」を決めた有権者の票を再集計するために時間がかかったことを理由にしてその過程で行われた不正とみられている。再投票は行政の圧力下で投票する有権者に「考えを変えて」自由に意思表示をする機会を与えるためとして投票日のなかで投票内容を変更する機会を認めていたもので、29万6000人に利用されたという(別の情報では、29万7000人)。そもそも、このなかに死亡している人物が含まれていた可能性すらあり、最初の投票と再投票との整合性がはっきりしない。
こんなロシアの「現実」をみると、i-votingに対する風当たりがますます強くなりかねない。安直な導入をすれば、ロシアでの不正劇が世界中に広がりかねないことを肝に銘じるべきだろう。だが、ロシアでの不正なi-votingを「他山の石」とすることもできる。ロシアでのインチキのやり口を学べば、対応することも可能だ。
米国でのi-votingについてはどうなっているのだろうか。簡略化して説明すると、2000年11月のジョージ・W・ブッシュとアル・ゴアとの大統領選で、集計ミスや再集計の不一致、解釈できない投票用紙が大混乱を引き起こしたことを受けて、議会はアメリカ投票支援法(HAVA)を成立させる。この法案は、各州が時代遅れで問題のあるパンチカード方式のシステムからの移行を支援することを目的としていた。HAVAでは、どのような代替システムの購入が認められるかについての厳格なガイドラインがなかった結果、多くの州では電子専用投票機(Direct-Recording Electronic, DRE)システムと呼ばれる、本稿でいうEVMが導入された。だが、紙によるバックアップがないEVMはさまざまな攻撃に対して非常に脆弱であることが、多くの研究で明らかにされている(ただし、EVMは2021年9月時点でも米国の30以上の州の選挙で採用されている。資料を参照)。
こうしたなかで、ボストンの民間企業であるヴォ―ツ(Voatz)は、海外の軍人などの不在者投票者を主な対象にインターネット投票で実績を残し、ウェストバージニア州、デンバー州、オレゴン州、ユタ州の州・市の選挙や、2016年のマサチューセッツ州民主党大会やユタ州共和党大会でも使用された。そして、2018年の中間選挙で、ウェストバージニア州が米国で初めて、選ばれた有権者が「ヴォ―ツ」という独自のアプリを使って携帯電話で投票することを認めた。
しかし、2020年8月、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らの研究で、ヴォ―ツには,「さまざまな種類の敵対者がユーザーの投票を変更・停止・公開できる脆弱性があることがわかった」との批判を浴びた。なお、ほかにも、スイスポストがスイス政府の選挙のために提案したスタイル社の電子投票プロトコルsVoteのバージョン2.1を対象とした安全性の調査結果によると、多数の深刻な問題があることがわかったという。
それでも、2020年には、COVID-19下で、i-votingへ向けた前進があった。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください