米国との関係は今のままでよいか――日本の政治に大局観が必要だ
世界の分断防ぐため「インド太平洋」と「アジア太平洋」をバランスよく走らせる戦略を
田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官
アジアの経済的重要性の高まりと裏腹に米国に向かう日本の政治
この10年、日本の衰退に歯止めがかからない。
2011年に日本のGDPは米国の4割程度だったが今日2割程度、中国の8割程度だったものが、3割余りに低下し、日本の人口も200万人以上縮小した。日米中の国力の格差は大きく変化した。一人当たり国民所得も10年前から17.6%減り、世界で17位から23位へと下降した。
人口減は余程のことがない限り趨勢を逆転することは出来ない以上、日本は経済規模を維持していくためには引き続き外需に依存していかざるを得ないのだろう。
日本の貿易相手として1990年には米国が輸出の32%、輸入の22%を占めていたものが、今日、中国・インドを含むアジアが輸出の54%、輸入の48%と圧倒的に大きな割合を占めるようになった。アジア、特に中国の経済成長率の高さを見れば当然の事であり、投資先についても比率は大きく高まっている。海外からの旅行客についても今日、8割はアジア諸国からであり、特に中国、韓国からの訪日観光客は圧倒的に増えてきた。

東アジア首脳会議で記念撮影に臨む各国首脳ら。右から2人目は安倍晋三首相=2019年11月4日
このように日本の繁栄を支えているのはアジア諸国との大きな相互依存関係であることは統計が示す通りだ。しかし、日本にとってのアジアの経済的重要性の高まりとは裏腹に、政治的にはアメリカとの関係の重要性が高まってきた。特にこの10年はその傾向が強い。
核やミサイルに関連した北朝鮮からの脅威の増大、中国の圧倒的台頭と南シナ海や尖閣諸島への攻撃的な動きを前に米国との安全保障関係の重要性が強く認識されていること、それを政治に活用するというポピュリズム的要素が強くなったのが大きな理由だろう。
相対的に中国や韓国の国力が高まり、日本の優位性が失われていくなかで、日本のナショナリズムが掻き立てられ、社会が保守化してきたことも背景にある。
日本外交のバランス―「アジア太平洋」が語られない危惧
10年前までは外交を進めていくうえで米国とアジアのバランスは常に認識されていたが、今日そのバランスは大きく変わった。
90年代からの「アジア太平洋」の概念はアジアの安定的秩序を作るうえで、アメリカをアジアに巻き込んでアジアの協力を進めることを主眼として日本が推進してきた。APEC(アジア太平洋経済協力会議)や東アジアサミット、RCEP(東アジア経済連携協定)などいずれも日本が主導的役割を果たしてきた。
ところが今日、インド太平洋という概念が日本外交の中核を占めるようになった。これは中国の唱える「一帯一路」に対抗した概念であることは明らかであるし、「自由で開かれたインド太平洋」の概念自体を否定するものではないが、その結果、「アジア太平洋」協力が語られなくなっているところに危惧を感じる。

日米豪印4カ国(クアッド)首脳会議にのぞむ各国の首脳。左から菅義偉首相、インドのモディ首相、米国のバイデン大統領、豪州のモリソン首相=2021年9月24日、ホワイトハウス