井形彬(いがた・あきら) 多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長
米国シンクタンクのパシフィック・フォーラムSenior Adjunct Fellowや、国際議員連盟の「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安保政策アドバイザーを兼務。その他様々な立場から日本の政府、省庁、民間企業に対してアドバイスを行う。専門は、経済安全保障、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策、日米関係。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「AUKUS」調査チームによる「中国武漢市PCR調達報告書」の詳細解説
「我々は、中国がWHOに対してコロナウイルスについて報告した時期よりも相当前からこのパンデミックが始まっていたことを高確度(high confidence)で結論付ける」
これは、豪州と米国で活動する民間サイバーセキュリティ会社である「Internet 2.0」が本日(10月5日)、公式発表した「中国武漢市PCR調達報告書」の中で述べられたものだ。
この結論は、中国湖北省にある武漢市周辺の諸施設において、2019年5月からPCR機器の政府調達が急増していたことを示すデータに基づいている。Internet 2.0は「OSINT」(オシント:誰でもアクセス可能な公開情報によるデータ収集分析手法)により集めたこの新たなデータに基づき、「中国の武漢市周辺におけるコロナウイルスの蔓延は、早ければ2019年夏には始まっていた可能性が非常に高く、遅くとも同年初秋には確実に蔓延していたと結論づける」と論じている。
この報告書に関するニュースは、本稿を含めて事前にデータ提供のあった世界中の各種メディアが、2021年10月5日午前4時(日本時間)に一斉公開することになっている。欧米のテレビ局や新聞社はもとより、日本でも幾つかの主要メディアが事前にデータ提供を受けている。
このデータは、解釈によっては国際社会に非常に重大な影響を与えうる内容が含まれている。どういうことか?
WHOへの報告によると、中国政府が武漢で新型コロナウイルスの症例を初めて確認したのは、2019年12月8日だ(参照)。また、中国政府がWHOの要請に基づき、武漢で特定された「原因不明のウイルス性肺炎」に関する情報を始めて提供したのは、2020年1月3日である(参照)。
しかし、もしこの報告書が示す通り、その半年近く前から武漢市周辺の複数施設においてPCR機器の調達が急増していたとすれば、少なくとも中国政府の公式発表より半年から数カ月前から、現地ではPCRを使わなければいけないなんらかの事態が生じており、それが新型コロナウイルスが広がる兆候であったかもしれない、という仮説も成り立つからだ。
人類史上最悪クラスのパンデミックとして、現在も世界中で猛威をふるい続ける新型コロナウイルス。その感染拡大の兆候が、国際社会で半年近くも共有されていなかったのだとすれば、中国政府への視線は厳しくなりうる。「中国政府が迅速に国際社会と情報共有をしていれば、各国は初動を早めて封じ込め政策に着手することができた。そうすれば、コロナウイルスが世界中に拡散し、ここまで長期化するパンデミックとなることを未然に防ぐことができたのではないか」という論調に繋がるからだ。
もちろん、仮説はあくまでも仮説である。そもそも、このデータの信頼性はどの程度のものか。具体的にどのような数字が含まれており、それをどう解釈すべきなのか、疑問を抱く読者は少なくないだろう。
筆者は、今回のデータ収集を行った、もはや「民間インテリジェンス会社」と言っても過言ではない実績を残す「Internet 2.0」社から、事前にデータへのアクセス権を特別に付与してもらい、日本での第一報として本稿を執筆している。
本稿では、まず今回のデータ収集を行った「Internet 2.0」の業績と信頼性について検討する。次に、このOSINT調査でどのようなデータが実際に提示されているのかを説明する。そして、このデータを解釈する上で注意すべき点と、筆者による評価、および今後の課題を述べる。さらに、本調査が国際社会に及ぼす影響について考察し、最後に我々が本件から学ぶべきことは何なのかについて検討する。