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2019年夏から武漢でPCR機器の調達が急増~新データが示唆することは

「AUKUS」調査チームによる「中国武漢市PCR調達報告書」の詳細解説

井形彬 多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長

「Internet 2.0」の実績と信頼性

 今回の報告書を執筆したInternet 2.0は、豪州のサイバーセキュリティ会社だ。2019年に起業したばかりで比較的小規模な民間会社だが、米国や豪州の政府・軍・諜報機関などでサイバーセキュリティに携わってきたメンバーが多く所属しており(参照)、アドバイザリーボードにはFBI、NSC(国家安全保障会議)、米国務省などでサイバー担当の政府高官を歴任してきたクリストファー・ペインターらが名を連ねている。

 過去一年間の活動からも、社会的に大きい実績を残していることが確認できる。というのも、Internet 2.0は学者やアクティビスト等から提供のあった中国関連データの信憑性確認やデータ分析を多く行い、その結果はいずれも世界各国の主要メディアにより報じられてきているからだ。

 例えば、2020年9月には、中国国営企業傘下である「中国振華電子集団」が欧米の要人情報約240万人分を収集していたことを、米国のワシントンポスト紙(参照)や英国のガーディアン紙(参照)等が報道した。日本でも安倍晋三・元首相を含む政治家や企業経営者、暴力団組員がリスト化されていたと読売新聞が報じている(参照)。この「海外重要情報データベース(OKIDB)」と名付けられたファイルは当初、データの破損が生じていたが、データの部分的復旧と信憑性確認、そして分析をInternet 2.0が手掛けている。

 2020年12月には、筆者が経済安全保障アドバイザーを務める(参照)「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」(参照)が入手した、上海を中心とした200万人弱の中国共産党員名簿について、豪州のオーストラリアン紙等が報道した(参照)。このデータの信憑性についても、Internet 2.0が確認している。

 この件については、日本でも報道があり、この名簿に記載されている人物の所属として上海の日系企業の関連組織が300近くあり、約5000人の社員が掲載されていると日本経済新聞が分析(参照)している。また、上海の日系企業約100社で200以上の中国共産党党支部や支部委員会が設けられていたことも、共同通信が報道している(参照)。

 直近では、筆者が本連載の論座「ハッキングされた上海公安部データ 垣間見えるデジタル・パノプティコン化する中国」(2021年06月10日公開)で取り上げた、中国の上海公安部からリークされた「ウイグル人テロリスト」と名付けられたデータベースに日本人895人のデータが掲載されていた件についても、Internet 2.0からデータ提供を受けている。本件について、日本では朝日新聞(参照)、豪州ではオーストラリア放送協会=ABC(参照)、英国ではテレグラフ紙が各国にて第一報を出している(参照)。

 このように、Internet 2.0はサイバーセキュリティ会社でありながら、政府の諜報機関顔負けの役割を果たしてきた「民間インテリジェンス会社」として特徴づけられる。そして、中国関連データの信憑性の確認やその分析において、一定の実績を残してきたと言えるだろう。

拡大Outflow_Designs/shutterstock.com

OSINTの努力の賜物と言えるべきデータ

 Internet 2.0が今回まとめた「中国武漢市PCR調達報告書」で提示されているデータは、今まで紹介してきた事例のように、他の機関等からInternet 2.0に提供されたものではない。Internet 2.0に所属する、豪州や米国、英国の国籍を持つ「AUKUS調査チーム」の4人が「オープンソース」から独自に収集した、まさしくOSINTの努力の賜物と言えるべきデータである。

 調査チームは今回、「bidcenter.com.cn」という、2007年に開設された中国公共機関の入札情報を収集する情報集積サイトに着目した。このウェブサイトは公共調達への入札を希望する民間企業向けの検索サービスであり、誰もがアクセスすることができる。

 このオープンソースを使って、調査チームは2007~19年の間に出された調達案件のタイトルと概要に「PCR」という単語が入っているデータ1716件を抜き出した。これらを一つ一つ精査し、最終的に武漢のある湖北省の調達案件507件を特定。これらをそれぞれ「公示日」、「発注機関」、「落札者」、「落札価格」、「調達したPCR機器の種類」など22項目で整理したデータベースを作り上げた【下図・図1】。

拡大図1:「中国武漢市PCR調達報告書」の元データとなったエクセルファイル(抜粋)。このように、調達案件データ507件が22項目で整理されている。

 なお、この507件に関してはそれぞれ、調達案件情報が掲載されていたオリジナルページのURLと、消されてしまった時のためにアーカイブしたページのURLが双方記録されており、後から第三者が検証できるようになっている。

 また、本報告書で示されている日付はいずれもPCR機器調達案件の「公示年・月」である。この後、この報告書から抜粋したグラフを多く紹介するが、いずれも現地で「追加のPCR機器が必要である」と判断される事象が生じたのは、実際にグラフで示されている「公示月」より少し前であろうということにも留意されたい。

 この報告書では、出した結論の確からしさを示す度合いとして「confidence(確度)」という単語が頻繁に使用されている。これは欧米のインテリジェンス分析官が良く使う言い回しで、一般的に「High confidence(高確度)」、「Medium / moderate confidence(中確度)」、「Low confidence(低確度)」の三段階で説明される。

 多分に主観的な分類にはなるが、「高確度」は質が高いと判断できる情報源が複数ある場合、「中確度」は質が高いと判断できる情報源が一つしかない場合、「低確度」は信憑性の低い情報しかない場合、というような区別がされている。本稿を読み進めるうえで念頭においていただきたい。

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筆者

井形彬

井形彬(いがた・あきら) 多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長

米国シンクタンクのパシフィック・フォーラムSenior Adjunct Fellowや、国際議員連盟の「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」経済安保政策アドバイザーを兼務。その他様々な立場から日本の政府、省庁、民間企業に対してアドバイスを行う。専門は、経済安全保障、インド太平洋における国際政治、日本の外交・安全保障政策、日米関係。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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