コロナ対策徹底批判【第一部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー①
2021年10月11日
2020年1月5日、世界保健機関(WHO)が中国・武漢における原因不明の肺炎発生を発表。その10日後の1月15日に日本国内で初めて新型コロナ感染者が確認された。それ以後、現在に至るまで、日本では4度の緊急事態宣言が発せられたが、宣言の効果は乏しく、感染者数は感染の波を重ねるごとに増えていった。
いったい日本のコロナウイルス対策は正しいのだろうか? 効果はどれ程あるのだろうか?――
5回にわたる感染の波に襲われるなか、国民の間にこうした疑問が広がっている。冬にも予想される「第6波」を前に、1年半以上コロナ取材を続けてきた私がこうした疑問に答えるとすれば、「疑いを持って当然だ。この国のこれまでのコロナ対策は、ほとんどが間違いだった」と言わざるをえない。
日本のこのような悲劇的な状況を変えるため、一人のジャーナリストとして何ができるのか。思案の結果、このインタビュー連載企画を世に送ることにした。インタビューの相手は、臨床医として日々働きつつ、世界の最新最前線の医学研究論文を渉猟し続けている上昌広・医療ガバナンス研究所理事長である。
上氏の視点は、どこまでも科学的な根拠に基づき、政治的な思惑や経済的な損得勘定などにはまったく囚われていない。一切の忖度がない氏の語りは、期せずして日本のコロナ対策に対する徹底的な批判となった。
日本がコロナ禍を克服するためには、耳に痛いこの徹底批判を真摯に受け入れ、体制を整え、適宜適切な対策を講じるほかない。逡巡している時間の猶予はない。岸田文雄政権のコロナ担当者は、最新の科学的知識に基づく上氏の警鐘、対策についての提言をすぐに受け入てほしい。
連載は8部で構成する。第1部は「新型コロナウイルスはどこから発生してきたのか?」。コロナウイルスはどこからきたのか? 動物から動物へ、そして中国・武漢市にある華南海鮮卸売市場の動物から人間へと移ってきたのか。それとも同じ武漢市にあるウイルス研究所から流出したものなのか。その起源について、3回にわたって考える。
本来、その起原は科学の知識と根拠によって追究されるべきだが、米トランプ政権によって政治的な色合いが強いものになってしまった。世界の科学的な議論を追跡している上昌広氏に、有力な議論と背景などを解説してもらい、曇りのない目でもう一度、ウイルスの起源を追いかけてみたい。
――コロナウイルスの起原をめぐっては、米国と中国の間で政治的な色合いの強い議論になってしまっていますが、世界中の論文を読み、科学的な背景も熟知されている上さんはどう考えているのでしょうか。
私は、武漢のウイルス研究所から流出したはっきりした根拠はないと思っています。つい最近も米国の科学誌『サイエンス』が、そのようなはっきりした証拠はなかったと書いています。
研究所から流出した可能性がまったくないとは言いませんが、その場合でも実験室でゼロから作り上げたものではありません。どこかに存在したウイルスを持って来て流出させてしまったとしたら、旧ソ連の生物兵器流出や旧日本軍731部隊といったものとは違います。現時点でそこを論じても結局、水掛け論に終わってしまうと思っています。
戦後、旧ソ連陸軍生物兵器の開発施設が、旧日本軍731部隊から押収した設計図を基に、スヴェルドルフスクに建設された。1979年3月、この施設で保管していた炭疽菌が外部環境に漏れて住民に感染させる事故が発生。処理のために、周辺の樹木の刈り取りや道路の消毒などが行われたが、この作業が炭疽菌芽胞のエアロゾルを作り出し、さらに被害を広げた。ソ連政府は96人が発病、66人が死亡したと発表した。
1988年には、シベリア・コルツォヴォにあった生物兵器の研究所で、科学者の一人が誤ってマールブルグウイルスの注射針を親指に刺し死亡した。旧ソ連ではこの他にも、天然痘やエボラウイルスの兵器化に取り組んでいたと指摘されている。
――2019年11月に武漢のウイルス研究所で3人の研究員が原因不明の体調不良になり、治療が必要なほどの状態に陥ったということがしばしば指摘されますが、この件はどう考えますか。
そのレベルの話は何とでも言えるんです。調べるとすれば、その3人の抗体を調べることになるわけですが、はたしてその血液が保管されているかどうか。
新型コロナウイルスのゲノム情報は公開されてるのですが、人為的なところはないだろうということが世界で言われているわけです。フランスのパスツール研究所の研究者は当初、問題があると言っていたんですが、世界ではあまり相手にされていません。
医学や科学の世界では、最初は「これはおかしい」と言われても、最終的に「違いました」ということは山ほどある。だからこの例も、「確かにそういう3人もいましたね」としか言えないんです。
――フランスのパスツール研究所では人為的なところがあると言っていたのですか?
「人為的な取り組みの跡がある」と当初は言っていたのですが、世界中の多くのゲノム工学専門家はそのことを相手にしていないんです。日本の一部のメディアは、これを大騒ぎして取り上げたりしましたが、コロナウイルスの遺伝子情報、シークエンスは公開されているわけで、もし本当に人為的な跡があったりすれば、中国はとてももちません。
世界中のウイルスゲノムの専門家たちは人為の跡があるという見解を採っておらず、人為説は世界の科学界の主流ではないので、私は違うと思います。医学界や科学界というのは、そういう陰謀論が通る世界ではないのです。シークエンスが公開されてしまうと、嘘は通用しないんです。
――なるほど。本当に人為的なものであったとすれば、世界中の科学者がそのシークエンスを目にするわけだから、みんなが指摘するところとなるはずですね。
ウイルスのゲノム遺伝子にそういう人為の跡があれば、世界中の科学者がそう言いますよ。そういう専門家がたくさんいますので、それこそ米国やイギリスの科学誌が鬼の首を取ったように論陣を張りますよ。
――昨年5月のWHOの年次総会で武漢の現地調査が決議されました。中国は一時「時期尚早だ」としていましたが、今年1月14日にWHO調査団が武漢に入り、2月10日に調査を終えました。調査団は、武漢のウイルス研究所は安全措置や管理体制の面で高い安全性を備えており、「間違って流出した可能性は極めて低い(an extremely unlikely)」という報告書を発表しました。 バイデン政権は報告書の中立性に疑問を呈していたようですが、信頼するに足るものでしょうか。
まず言いたいのは、研究所から流出したのであれば、そのことは証明できるでしょう。反対に、流出したものではないということは証明できないと思います。だから、結論を言えばわからないです。ただ、ウイルス学の常識から考えて、人がそんなに簡単に新しい生き物やウイルスを作れるとは、われわれは考えていません。
私が勉強してきたウイルス学や医学の知識で言うと、
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