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なぜアメリカは、感染拡大でも再ロックダウンを選ばないのか?

ワクチンと多面的措置で共存のコンセンサス。日本でも求められる戦略と国民への説明

佐藤由香里 (株)日本総合研究所 国際戦略研究所 研究員

ワクチン接種の猛烈な拡大でロックダウンの選択肢封じる

ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領=2021年8月5日
 米国は新型コロナウイルスのワクチン接種では大きく先行していた。

 2021年1月のバイデン政権以来、わずか59日間で累計1億回の接種を突破し、就任92日目で2億回を突破するという猛スピードで当初の予想を大きく上回った。しかしながら接種スピードは少しずつ減速してゆき、バイデン大統領による「7月4日の独立記念日迄に成人の70%が(少なくとも1回)接種する」という、新型コロナからの「独立」を象徴する目標は失敗に終わった(その後1カ月遅れで64%→70%に到達、現在は78%)。

再びパンデミックに突入も揺るがぬスタンス

 一方、7月1日より、それまで1年以上継続されていた学校、民間ビジネス、公共セクターへの「ロックダウン措置(注1)」が事実上全米で解除された。そして状況改善への期待とは裏腹に、米国はそのままデルタ株のパンデミック期へと突入していったのである。

 独立記念日には約3,800人/日だった新規感染者は約15万人/日に激増し、ピーク時には入院患者数は約10万人/日、死亡者約2,000人/日を上回る程に悪化した。現時点で累計死者数は70万人(ボストン人口に匹敵)を突破。1918~19年に大流行したスペイン風邪の総死亡者67万5,000人を超え、18~20年のあいだで米国民の平均寿命は2年縮んだという、文字通り過去最悪の被害を拡大している(10月4日現在、ニューヨーク・タイムズ集計)。

ワシントンのナショナルモールに、米国で新型コロナウイルスによって亡くなった人を悼む約67万本の白い旗が立てられた。遺族らがメッセージを書き込んでいた=2021年9月17日
 しかしながら、このような状況においても、米国政府のスタンスは揺るがないようだ。8月1日のインタビューで、バイデン米大統領の首席医療顧問を務めるアンソニー・ファウチ博士は、こう答えている。

 「既にワクチン接種は“充分”と言える人口比率の値で進んでいる。したがって米国でロックダウンを繰り返す予定はない。一方、ワクチン未接種者内の感染拡大は今後も悪化していくだろう」

未接種の感染は「自己責任」。ロックダウンに戻らぬ認識共有

 ファウチ博士は、ワクチン未接種者が感染爆発のホットスポットであると明確な問題意識を示し、ある意味でワクチン未接種者における感染は「自己責任」というスタンスを示唆した。現在、米国の約7,000万人のワクチン接種対象者が未接種と言われている一方、ワシントン大学は、今秋以降、気温の冷え込み等で更なる感染者増加が予想され、(マスク着用やワクチン接種拡大により昨年の水準には至らないが)2021年末の累計死亡者は79万人に及ぶと試算している。

 一見混迷を極める米国の新型コロナ対応だが、明らかなことが1つある。それは、感染の再拡大にかかわらず、今後「ロックダウン(注1)に戻るべきではない」という認識が、行政機関、ビジネス部門、医療機関、国民の中で概ね共有されていることだ。

 本稿では、そうした認識を4つの観点からひも解き、米国の「コロナとの共存戦略」を分析する。なお、新型コロナを巡る動きは予断を許さず、今後米国の方針が再び変わる可能性もあろうが、日本もようやくコロナとの共存戦略が検討され始めているので、今後の参考にするべく本稿を執筆した。

(注1)本稿における「ロックダウン」とは、都市封鎖だけでなく、ビジネスやイベントの収容人数の制限・門限、州外旅行、自己隔離や陰性証明書の提出などの活動規制を含めて定義する。対義語を「規制解除("fully reopened")」として定義する。

ロックダウン下のニューヨーク42番街のタイムズスクエア周辺。人通りが消えた=2020年3月26日(tetiana.photographer / Shutterstock.com)

【回避措置1:経済】 ロックダウン解除、景気は順調に回復

国内の規制の現状

 米国でデルタ株蔓延が被害を拡大し始めた7月、それまで1年以上継続されていた「ロックダウン」が事実上、全米で解除された。AARP(全米退職者協会)の調べによれば、現在は50州中47州において規制解除("fully reopened")の状態にある(10月1日現在)。

 残るカリフォルニア、ハワイ及びカンザス州では、原則的にロックダウンは解除されながらも、ワクチン未接種者に対する陰性証明書の提出、施設収容率の一部制限など、一定条件下での感染予防対策強化がそれぞれで行われている状態である。

大勢の観客が原則、制限なしに入場して観戦を楽しむ大リーグ、エンゼルスタジアムのスタンド=2021年9月18日、米アナハイム

●CDCが7月27日に設けたマスク着用に関するガイドラインでは、ワクチン接種完了者に対しては感染リスクが高い場所でのマスク着用が推奨され、未接種者に対しては、室内ではいかなる状況においてもマスク着用を促している。

●各州政府は、基本的にCDCガイドラインを踏まえた上で感染対策措置を実施している一方、地方自治体や民間企業によっては、規制を更に厳格化しているケースもある(ニューヨーク州と厳格な措置を執るニューヨーク・シティの対比が好例)。

●州によって細かな差異はあれど、自治体規模の移動制限やビジネス閉鎖、飲食店における提供制限等の措置は実施されていない。

経済指標

感染対策のための屋外飲食がすっかり定着している=ニューヨーク
 一部地域における感染拡大の懸念はあれど、経済対策の現金給付や、ワクチン接種の拡大に伴い新型コロナパンデミック以来の米国の景気は順調に回復している模様である。

 米商務省によれば、実質GDPは2021年1~3月期にコロナ禍前の2019年10~12月期を0.9%下回る水準まで回復した(図1)。4~6月期の実質GDP改定値は、前期比6.6%増となり、4四半期連続プラス成長(コロナ禍で過去最高)を更新。個人消費、設備投資や公共投資がけん引し、新型コロナウイルス危機からの回復が改めて確認された。

 個人消費ではコロナ禍で大きく落ち込んでいた娯楽や宿泊・飲食などのサービスセクターの回復が本格化している。更にコロナを機に新規事業を開始する人々も増加しており、2018~19年と比較し、20~21年の開業届申請は増加傾向の一方、倒産届が減少傾向にあるという(ブルッキングス研究所による分析

 3月の経済対策(1.9兆ドル規模)に引き続き、米国議会は1兆ドル規模のインフラ投資計画や、3.5兆ドルの予算決議案の実現などに向けて動いている。

経済活動の進展を求める声の高まり

 7月21日付ウォールストリート・ジャーナルは、「デルタ株蔓延が米国経済に劇的な影響を及ぼすことはない」との分析を掲載。その根拠は、①新規感染の拡大に関わらず、米国人は労働と消費の継続をより好む傾向にあること(ワクチン接種の拡大はその傾向を助長している)、②パンデミック初期のようなロックダウンに戻る意欲が低いこと、③感染爆発は特定の地域に限られ、またそれらの費用対効果は米国全体としては限定的であること、が挙げられた。

 例えば、ケンタッキー州の公衆衛生責任者は、「今回(デルタ株)のパンデミックでは我々にはワクチンがある。即ち、再度ロックダウン(都市封鎖)を行う必要性も、人数制限を行う必要性もない。更なるワクチン接種推進を図りながら、必要あればマスク着用も促す。これを行えば、パンデミックに打ち勝つことが出来る」と述べている。

新型コロナウイルスのワクチン接種、検査、抗体カクテル療法の治療を24時間年中無休で対応するサイト。ドライブスルー方式だ=2021年9月6日、フロリダ州マイアミのトロピカルパーク(YES Market / Media Shutterstock.com)

【回避措置2:ワクチン】 促進努力の先に見えた新たな方針

一時は1日400万回。現金150万ドル支給やドーナツ提供も

 上述の通り、現在、米国の約65%(約2億1,260万人)が少なくとも1回目の接種を終え、約55%(約1億8,610万人)がワクチン接種を完了している。21年1月中旬には1日あたりの接種数で世界最大の100万回を突破し、3月には400万回を上回るなど累計接種数最大を記録した。

新型コロナウイルスのワクチン接種証明(左)と、証明を提示した客に無料で提供されるクリスピー・クリーム社のドーナツ(Shutterstock.com)
 ワクチン接種キャンペーンの一環として、多くの州政府が多種多様な「インセンティブ」を設けたことは記憶に新しい。例えばカリフォルニア州では、ワクチン接種者を対象に宝くじを実施し、150万ドルの現金を支給した。またジャイアンツ戦の試合観戦チケット、州立大学の返済不要の奨学金、カスタムメイドの猟銃もプレゼントされた。クリスピー・クリーム社が接種証明の提示と引き換えに毎日ドーナツを無料で1つ提供するなど、多くの取組みが国際的にも話題を呼んだ。

インセンティブの限界―「政治・社会問題化」で深まる分断

 しかし、インセンティブだけでワクチン反対派の行動を変えることは困難であった。カイザー・ファミリー財団が発表した7月の調査によれば、ワクチン未接種者の内、「絶対に接種するつもりはない」と回答した人々(14%)の過半数(65%)は、白人、人種マイノリティ(30%)、共和党支持者あるいは共和党寄り(58%)であり、白人は福音派である割合(32%)が高かった。

 かかる白人福音派グループの人々は、テキサス州やフロリダ州などの保守的な南部地域に居住する傾向が強い。また両州の知事は「選択の自由」を強調し、連邦政府の方針に逆行するかたちで、ワクチン接種・マスク着用義務化の禁止措置を州民に発令し、法的手段もいとわない姿勢を貫いている。

 本来は公衆衛生上の課題であるはずの感染症対策が、結果的に従来の政治的・社会的分断をより一層深めており、総じて、米国のワクチン接種拡大は、極めて複雑な社会問題へと化している。

ワクチン接種の義務化に抗議するため、ニューヨークを行進する人たち=2021年9月4日(Ron Adar / Shutterstock.com)

岐路に立つバイデン政権―「ワクチン・マンデート」決断

 米国の経済成長は比較的順調である一方、感染拡大は依然厳しい。

 最近では米兵のアフガニスタン撤退問題が物議を醸し、9月以降、バイデン大統領支持率は初の過半数割れとなった。選挙戦で肝と言われる無党派層からの支持率も下降ぎみにあり、岐路に立つバイデン政権にとってはワクチン接種率の引き上げが喫緊の課題であろう。

 岐路に立たされたバイデン大統領は9月9日、連邦政府職員や米国内の従業員100人以上の企業に対し、実質上のワクチン接種義務化(ワクチン・マンデート)を行うという、政権発足以降最も厳格な措置を発表した。従業員は1~2か月以内にワクチン接種を終えるか、或いは週1回以上の陰性証明の提出を求められ、従わない雇用主には最大1万4000ドル(約150万円)の罰金を科す内容である。

 米国最大の雇用主である連邦政府は、職員および取引企業職員を合計すると約8,400万人を包摂する。保守派からの反発の声は必至であるが、ウォルマートやアルファベット社などの米国最大規模の民間企業や、米国商工会議所などの団体、製造業協会などからは概ね賛同の声が上がっている

 最近のワクチン接種は7月頃と比べ1日当たり20~40万回増加しているが、その動機は、デルタ株の蔓延と深刻な悪化状況、社会活動に参加したいという「危機意識」が影響しているようだ。

【回避措置3:共存戦略】 ブレークスルー感染の報告基準を緩和

電子顕微鏡で見た新型コロナウイルス=米国立アレルギー・感染症研究所提供.
 ワクチン接種が進展する中で、接種完了者でもコロナに感染する「ブレークスルー感染」が多くメディア等で取り沙汰されるようになった一方、米CDC(疾病予防管理センター)は、5月から「ブレークスルー感染」の報告基準を変更した。

 従来は「ワクチン接種後の陽性反応」であったところを、データの精度の高める目的で、陽性反応後の「“入院”あるいは“死亡”」に引き上げたのである。CDCは、新型コロナに感染したとしても無症状あるいは軽傷で済み、検査すら受けないケースが増加しているためと説明した。

政府は共存へ方針転換、感染者抑制の認識が変化

ヨーク市中心部で開かれたイベントに集まった人々。CDCは、ワクチンを接種した後も公共の場所などではマスク着用を呼びかけている
 すなわち、かつてのような「感染(陽性反応)=入院・死亡」というリンクが弱まりつつあり、加えて、コロナ感染者を抑えること自体を、ワクチンが無かった時ほど重要視していない、あるいは【コロナとの共存】を強く意識し始めた連邦政府の方針の変遷を示している、とも言えるだろう。

 更に、CDCは未接種の米国人は接種済みと比べて4.6倍感染しやすく、10倍入院しやすく、また11倍死亡の確率が高いことを報告している。例えば、南部フロリダ州の最大規模の病院、タンパ総合病院(1000床以上収容)では、一時、90%の入院患者がワクチン未接種者で占められ、それ以外の入院患者は過去の臓器移植やがん治療による自己免疫疾患を有する人々が大半であった。

【回避措置4:医療への支援】 各病院へ計31兆円拠出済み、追加補助の方針

 当然、感染拡大が懸念される中でロックダウンを解除することは、医療施設にプレッシャーを与えることに他ならない。

 米保健福祉省のデータをみると、全米の各病院に対するパンデミックに対応するための支援金が、これまで連邦政府によって計2,790億ドル(10月5日現在、日本円で約31兆円)拠出されている。コロナ患者で逼迫している病院、無保険者への治療に対する還付金(検査費用を含む)、パンデミックによって発生したコストや失われた歳入等に充当することが出来る。

 最近ホワイトハウスは、今後更に255億ドル規模の補助金の支給を行うことを発表した。

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