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安倍・菅政権を継承する岸田首相と「公助」重視の枝野代表~国会演説で見えた国家方針

首相は「成長なくして分配なし」、枝野氏は「分配なくして成長なし」

田中信一郎 千葉商科大学基盤教育機構准教授

岸田首相と与党ブロックの国家方針

 安倍・菅政権における自民党は「経済的価値を最大化するため、個人重視・支え合い社会を定める憲法を改正し、国家重視・自己責任社会を名実ともに追求する」方針を掲げていた。この点の解説については『論座』拙稿〈「現在の延長線上にある未来」か「もう一つの未来」か――総選挙の最大争点は国家方針の選択だ〉をご覧いただきたい。

 岸田首相の国会演説からは、以上のとおり、自民党政権がこれまでの国家方針を転換したのかどうか、直接的に読み取れない。「新しい資本主義」「成長と分配の好循環」「分配なくして次の成長なし」等の新しいスローガンは並べられているが、少なくともその行先、すなわちビジョンについてはこれから検討するとして、明示していないからだ。

 ただ、岸田首相が経済成長の実現に強い意志を有していることは、演説から読み取れる。「分配」は「次の成長」を目的として行うのであり、人々の生活を支えることが目的ではない。人々の生活を支えることが手段で、経済成長が目的というのが、岸田首相の考え方である。そのことは、演説の最後で「デジタル、グリーン、人工知能、量子、バイオ、宇宙、新しい時代の種が芽吹き始めています。この萌芽を大きな木に育て、経済を成長させ、その果実を国民全員で享受していく、明るい未来を築こうではありませんか」と呼びかけていることからも明らかである。

 よって、岸田首相が少なくとも「経済的価値」の「最大化」を重視していることは明らかといえよう。「新しい資本主義」を実現する「両輪」の「分配戦略」と「成長戦略」は、そのために行うと読み解くことができる。

 安倍・菅政権が採用してきた「新自由主義」についても、岸田首相は弊害を指摘しつつ、前政権までの経済政策の課題を示すことなく、アベノミクスを継承するとしている。岸田首相は「新自由主義的な政策については、富めるものと、富まざるものとの深刻な分断を生んだ、といった弊害が指摘されています」と述べつつも、一般論にとどまり、日本の状況を指摘しているわけではない。もし、岸田首相が安倍・菅政権の経済政策に大きな課題があると認識しているならば、それを示した上で、アベノミクスの転換を示すはずだが、そうした認識は示されていない。

岸田氏と安倍晋三元首相拡大岸田氏と安倍晋三元首相

 新自由主義とは、あらゆる人があらゆる機会を捉えて自己の利益を徹底的に追求することで、富の総量が拡大するという思想で、そのために国家権力を用いることも容認される。そのため、中国のように権威主義的な体制と新自由主義は両立しうるし、特定の企業等が国家と結びついて特殊な利益を得ることとも両立しうる。新自由主義についての専門的な分析は、デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義―その歴史的展開と現在』(作品社)を参照されたい。

 そのため、新自由主義を転換するならば、加計学園問題や菅首相長男の問題、デジタル庁の接待問題等は、真っ先に解明すべき問題となる。これらは、特定の企業等が国家と結びついて特殊な利益を確保しようとした典型的な問題だからだ。これらを見逃すことは「あらゆる人があらゆる機会を捉えて自己の利益を徹底的に追求する」ことを容認するに等しい。すなわち、新自由主義を認めていることになる。

 一方、「国家」と「個人」については、どちらを重視するのか、演説から読み取ることは難しい。「多様性が尊重される社会を目指します」という言葉からは、個人重視のように思えるが、同様の言葉は2019年10月4日の安倍首相の演説にも存在する。国家重視の姿勢が明白な安倍首相でも「新しい時代の日本に求められるのは、多様性であります」と演説していたことを踏まえれば、首相演説の定型的な言葉ともいえる。一方、岸田首相は「国民の皆さんとの丁寧な対話を大切」にすると述べながら、多数の沖縄県民が強く反対する米軍辺野古新基地について「移設工事を進めます」と述べ、国家重視の姿勢を示している。また、安倍・菅政権と同じく、憲法改正についての議論を国会に求めている。

 そして、岸田演説の全体を見ると、安倍・菅首相によって使われてきた「改革」と「規制緩和」という新自由主義的なキーワードを外して、新たなキーワードを散りばめてはあるものの、政策方針について特段の変更が見られない。経済政策でアベノミクスを継承すると明言していることに加え、外交政策においても政策変更はない。「科学技術立国の実現」をうたっても、日本学術会議の任命問題を解決し、アカデミズムとの関係を改善する姿勢はない。

 要するに、岸田演説からは、自民党政権の国家方針を転換する兆しは読み解けない。新自由主義的なキーワードの代わりに、耳目を集めそうな新しいキーワードが並んでいるが、その中身は従来の安倍・菅政権の方針の範囲内にとどまっている。

 国家方針転換への秘めたる決意があると仮定して、最大限に行間を読み解いても、せいぜい55年体制時の自民党の国家方針に回帰すると解釈するのが精一杯である。かつての自民党政権の国家方針は「非経済的価値に配慮しつつ、経済的価値を拡大するため、個人重視・支え合い社会をタテマエ(憲法)として残しつつ、国家重視・自己責任社会をホンネ(政策)として追求する」ものであった。岸田首相がそれを目指すならば、一つの考え方ではあろう。

 けれども、岸田首相が任命した麻生太郎副総裁、甘利明幹事長、高市早苗政務調査会長という自民党最高幹部体制と合わせて考えれば、それはないだろう。彼ら・彼女らは、安倍・菅政権の国家方針を中心になって推進してきた。そのことと、中身の乏しい新たなキーワードを合わせて考えれば、岸田演説が安倍・菅政権からの国家方針の転換を示しているとは認識しがたい。

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筆者

田中信一郎

田中信一郎(たなか・しんいちろう) 千葉商科大学基盤教育機構准教授

博士(政治学)。国会議員政策担当秘書、明治大学政治経済学部専任助手、横浜市地球温暖化対策事業本部政策調査役、内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員、内閣官房国家戦略室上席政策調査員、長野県企画振興部総合政策課・環境部環境エネルギー課企画幹、自然エネルギー財団特任研究員等を経て、現在に至る。著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』『信州はエネルギーシフトする』、共著に『国民のためのエネルギー原論』『再生可能エネルギー開発・運用にかかわる法規と実務ハンドブック』などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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