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「豪州への原潜配備」にみるバイデン政権の確固たる対中戦略~仏との亀裂いとわず

インド太平洋地域の戦略的バランスを激変させるAUKUS―対中抑止の同盟網着々

花田吉隆 元防衛大学校教授

 米英の豪州に対する原子力潜水艦の配備支援は、仏の怒りを招き、米仏関係、乃至、米欧関係に亀裂を生む結果となった。しかしながら、インド太平洋地域における米国を中心とした西側諸国にとり、有利な対中戦略バランスこそが重要だった。

米海軍のバージニア級原子力潜水艦イリノイ

AUKUS創設の衝撃―仏は米豪から大使を召還

 9月15日、米英豪による安全保障枠組みのAUKUS創設が発表され、豪州が、米英から8隻を超える原子力潜水艦配備の支援を受けると共に、三国がAI、サイバー技術、量子コンピューター等で協力していく旨明らかにされた。これに伴い、豪州が2016年以来フランスと進めていたディーゼル・電気潜水艦開発計画は廃棄されることになった。

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 米仏関係、及び仏豪関係は極度に悪化、フランスは17日、米豪駐在の仏大使を本国へ召還した。大使召還は、極めて強い抗議の意思を示すもので、2003年、米仏関係がイラク戦争で悪化した時ですら大使召還は行われなかった。なお、フランスは駐英大使の召還はしなかったが、それは今回の動きを米豪主導と見ていたことによる。

 その後、9月22日、ジョー・バイデン米大統領とエマニュエル・マクロン仏大統領は電話で会談、ひとまず、両国関係の険悪化は収められることとなったが、一度入ったひびは容易に修復されるものではない。

7兆円の潜水艦商談を反故。問題は安保の根幹たる信頼関係

 フランスは今回、面目丸つぶれだ。フランスが知らないところで三か国が秘密裏に協議、自らが進める豪との潜水艦開発計画が反故にされた。しかし、問題は560億ユーロ(約7兆2千億円)の商談の破談でない。また、プライドの高いフランスの面目の問題でもない。

 安全保障という、国家の安全をかけた問題が自らの与り知らないところで取引されていた。安全保障には双方の信頼関係が不可欠だ。その信頼関係にひびが入ったということだ。

バイデン米大統領(RedhoodStudios/Shutterstock.com)
マクロン仏大統領(Frederic Legrand-COMEO/Shutterstock.com)

 バイデン政権は、就任以来、西側諸国との同盟網強化を着々と進めてきた。G7首脳会議やNATO首脳会合で、首脳同士が顔を突き合わせ同盟関係を再確認して来た。その中には当然フランスも含まれる。

 フランスとすれば、トランプ大統領の時にズタズタになったNATOや米欧の信頼関係が、バイデン政権により、改めて再構築されようとしているのは歓迎すべきことだ。ここまで、そういう思いで米国との関係の再構築を進めてきた。それが何のことはない。米国は、フランスが知らないところで英豪と組んで裏で秘密協議を繰り返し、結果として、仏豪による潜水艦開発計画を御破算にしてしまった。これでは、安全保障の根底をなす信頼関係も何もあったものではない。

インド太平洋地域への影響力拡張ねらう欧州各国

フランス海軍の強襲揚陸艦「トネール」が2021年4月、インド東方ベンガル湾で日米豪印(クアッド)と仏よる共同訓練に参加した時の様子。5月には東シナ海での日米豪仏の共同訓練にも参加し、佐世保に入港した=インド海軍提供
 フランスはインド太平洋地域に領土を持つ。そこには海軍基地が4つある。従って、インド太平洋の平和と安全はフランスにとり自らの権益に関することだ、と言われる。しかし、フランスがインド太平洋地域に関心を示すのは、そこに自らの領土や基地が存在するからではない。この地域が、21世紀の世界の中心になるからであり、フランスがその地域における影響力を高めたいと考えるからだ。

 今、英国もドイツも艦船をこの地域に派遣している。それは、この地域で中国の影響力が高まり平和と安全の確保が急務だ、ということもあるが、基本的には、両国が、この地域への影響力を強めたいと考えているからだ。仏豪潜水艦共同開発計画も、フランス側にはそういう狙いがあった。

 ところが、この計画が遅々として進まない。既に5年が経過し、所要額も当初見積の340億ユーロを大きく超え560億ユーロにまで膨らんだ。

シドニーで豪海軍の潜水艦の上に乗るマクロン仏大統領(左から2番目)とターンブル豪首相(当時、右から2番目)=2018年5月

豪中関係の緊迫下、豪は原潜で戦略的抑止力を手に入れる

 そうこうする間に、豪中関係が緊迫化、中国は、貿易上のあの手この手で豪州を締め上げようとしている。今や、豪中関係は過去になかったほどの冷却ぶりだ。

 他方、米英が配備の支援を申し出た原子力潜水艦は、フランスとの共同開発で目指すディーゼル・電気潜水艦とは戦略的意味合いが全く異なる。

【右】米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦ルイビル。2018年、太平洋での演習中に浮上して航行した様子(The Mariner 4291/Shutterstock.com)【左】バージニア級原潜として初めて国内寄港したハワイ=2010年9月3日、米海軍横須賀基地
 原子力潜水艦は、ステルス性、速度、航続距離、操縦性等に優れ燃料の補給が不要だ。ディーゼル・電気型とは比べ物にならない。豪州は、原潜保有で、初めて戦略的抑止能力及び、攻撃能力を持つことになる。それを、西太平洋に配備すれば中国にとり大きな脅威だ。

 中国から見れば、AUKUS創設は悪夢以外の何物でもなく、その出現により戦略バランスが大きく変化した。中国とすれば、AUKUSのような枠組みは何としても阻止したかったが、結局そうはならなかった。

モリソン豪首相(Naresh777/Shutterstock.com)
中国の習近平国家主席(Naresh777/Shutterstock.com)

米抑止力に絶大な価値、パースやインド洋ココス島の確保狙う

オーストラリア海軍の紋章=豪パース( Adwo/Shutterstock)
 逆に言えば、米国は、これにより、対中戦略で願ってもないポジションを得たということだ。英国は、デービット・キャメロン首相の時、何かと言えば中国にすり寄っていたが、その後香港、新型コロナ等の問題が起こり、対中関係が急速に悪化、今では、米国との関係を大事にする。そういう英国を巻き込み、それに豪州も加える。

 豪州の存在価値は絶大だ。豪州は、中国の長距離ミサイルの射程外に位置する。従って、そこに米国がロテーションで部隊を駐留させることは米国の抑止力にとり大きな意味を持つ。米国としては、できれば南西部のパースにも原子力潜水艦の寄港地を確保したいところだ。更には、インド洋の豪州領であるココス島も中国の動きに目を光らせる上で絶好の地理的条件にある。

対中抑止力の包括的構築に手を緩めぬ米国

 米国はこれまでインド太平洋地域で、英語圏によるファイブ・アイズや日米豪印のQUADを使い中国に対峙してきたが、今回これに、安全保障の枠組みとしてのAUKUSを加えた。それによる対中影響力の強化は計り知れない。

日米豪印4カ国(クアッド)首脳会議にのぞむ各国の首脳。左から菅義偉首相、インドのモディ首相、米国のバイデン大統領、豪のモリソン首相=2021年9月24日、ホワイトハウス、内閣広報室提供
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