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地政学からAUKUSを論じる

米英豪の新安保、潜水艦契約破棄めぐり仏大統領が激怒

塩原俊彦 高知大学准教授

 2021年9月15日、ジョー・バイデン米大統領、ボリス・ジョンソン英首相、スコット・モリソン豪首相によって明らかにされた新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS」(オーカス)が波紋を広げている。欧米をはじめ、日本でもさまざまな論評が加えられているが、総じて参考になる議論は多くない(優れた考察としてはThe Economistの記事「AUKUSがインド太平洋の戦略的景観を一変させる」がある)。そこで、ここでは覇権争奪という地政学的アプローチにたって、AUKUSの軍事・外交分野におよぼす影響について改めて論じてみたい。

軍事面からみたAUKUS

 豪海軍は現在、1990年から2003年にかけてスウェーデンの設計を参考にしてつくられたコリンズ級潜水艦6隻を保有している。潜水艦の寿命は30年と定められており、豪は2000年代に入ってから、潜水艦の代替案を検討し始めた。2009年、豪政府の白書「Defending Australia in the Asia Pacific Century: Force 2030」では、「既存のコリンズ級潜水艦6隻に代わる、南オーストラリア州で組み立てられる12隻の新しい非核・長距離潜水艦」を建造する計画が明らかにされた。豪は結局、2016年になって、フランスの提案である新型潜水艦バラクーダの通常動力型(非核バージョン)を次期潜水艦とすることに決定した。仏政府が過半数の株式をもつネイヴァルグループと、ディーゼル電気式潜水艦ショートフィン・バラクーダ(Shortfin Barracuda)12隻の契約を締結したのである。当初のコストは280億ドルだったにもかかわらず、483億ドル、最終的には600億ドル以上にまで膨れ上がり、2030年に主役の潜水艦を引き渡し、2040年に一連の建造を完了するとされていた。

 だが、AUKUS発表に伴って、豪は仏との契約を破棄し、中国海軍に対抗できるステルス性を備えた長距離原子力潜水艦を装備する合意を発表した。豪政府は、このプロジェクトに約660億ドルを投資する用意があり、2036年に最初の潜水艦を納入することを目標としている。全部で8隻の原子力潜水艦を建造する予定だ。英国型のアステュート級と米国型のバージニア級のどちらかを選ぶことになる。

sameer madhukar chogale/ shutterstock.com拡大sameer madhukar chogale/ shutterstock.com

 この転換の背後には、仏との契約が吊り上げられたことに対する豪の苛立ちがある。それ以外にも、深海や長距離を航行する場合、原子力潜水艦は長い航続距離と持続的な速度を利用することができるという長所をもっている。下図に示されたように、豪の潜水艦艦隊の本拠地であるパースの海軍基地から南シナ海の紛争海域を哨戒するために派遣された従来型の潜水艦は、燃料補給と整備のために帰還するまでわずか2週間しか駐留できないが、原子力潜水艦は乗組員に食事を与えることができる限り、潜むことが可能だ。具体的に言えば、インド洋で軍事衝突が発生した場合、豪州海軍は同盟国とともに、中国の強力な艦隊がインド洋に侵入するのを阻止しなければならない。その意味で、南シナ海での実戦対応可能期間が原子力潜水艦によって11日間から77日間に延びる価値は大きい。

原子力潜水艦事情

 この戦略は中国の潜水艦の脆弱性をつくものでもある。米国防総省の最新報告「中華人民共和国をめぐる軍事・安全保障上の動き 2020」によれば、中国の人民解放軍海軍(PLAN)は、2隻の船体を追加した4隻の原子力弾道ミサイル潜水艦(SSBN)、6隻の原子力攻撃型潜水艦(SSN)、50隻のディーゼル攻撃型潜水艦(SS)を運用しているにすぎない。とくに問題となるのは、CSS-N-14(JL-2)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した運用中のジン級SSBNだ。各ジン級SSBNは、最大で12基のJL-2 SLBMを搭載することができる。中国の次世代SSBN「096型」は、2020年代初頭に建造が開始される可能性が高く、新型のSLBMを搭載すると報じられている。「PLANは094型と096型SSBNを同時に運用し、2030年までに最大8隻のSSBNを保有する可能性があると予想されている」と、報告書は指摘している。

 別の情報によると、米国海軍情報局の情報として、中国の原子力潜水艦は2030年までに21隻に増加する見込みである一方、米海軍は約300隻の艦船を持ち、そのうち68隻の潜水艦があり、そのすべてが原子力であるという(報告書では、中国は約350隻の艦船および潜水艦を有しているのに対し、アメリカ海軍の戦闘力は2020年初頭時点で約293隻としている)。現状でみても、これから数年間は中国の対潜水艦能力は相対的に弱い状況がつづくだろう。

 米国は現在、攻撃型原子力潜水艦として、ロサンゼルス級(62隻建造、29隻就役)を最新のバージニア級に置き換える計画を進めている(すでに19隻を建造したが、66隻にすることを計画)。他方で、オハイオ級に代わる新世代の戦略原子力潜水艦コロンビア級の建造も進行中だ。

 豪政府にとって都合がいいのは、米国が廃棄を進めているロサンゼルス級(40年以上使用したものと15年の比較的新しいものの両方)などを数隻、リースしてもらいやすい点だ。それによって、原子力潜水艦の運用と保守の方法を学び、(米英の協力を得て)自国で潜水艦を建造するための産業基盤と専門家を徐々に整えていくことが可能となる。

 やや専門的な興味と言えば、原子力潜水艦用の原子炉向け燃料は高濃縮ウランを必要とする点だ。潜水艦の推進力として高濃縮ウランを利用することが核拡散防止条約(NPT)で定めた核兵器の拡散につながりかねないのである(NPTについては、拙著『核なき世界論』に詳しい)。その意味で、豪政府とNPTを管理する国際原子力機関(IAEA)は核不拡散の保障措置を必要としている。なお、この潜水艦への核ミサイル搭載については、バイデン大統領は否定している。

 一方、シャルル・ド・ゴール、ジョルジュ・ポンピドゥー、ジャック・シラクの時代に、仏が米国から独立した外交政策が可能だった背後に、核兵器の保有、核発電所の発展があったことはたしかだ。だが、ニコラ・サルコジ大統領は2007年に仏を北大西洋条約機構(NATO)の軍事機構に復帰させた。さらに、2014年、仏政府は仏のアルストムのエネルギー部門(フランスの民間および軍用原子炉用のガスタービンなどを製造)を米国のゼネラル・エレクトリック(GE)に売却することに同意せざるをえない状況に追い込まれる。

 アルストムの経営陣とフランス当局にこの措置を取らせるために、米政府は汚職で告発されたアルストム社の高官4人の逮捕と引き渡しを、治外法権である米国法に基づいて確保したのだ。当時のアルノー・モンテブール経済開発相は、仏の戦略的利益に影響を与えるとして、この取引を阻止しようとしたが、モンテブールが解任され、後任に就いたのが皮肉にもエマニュエル・マクロンであった。マクロンは、米国企業によるこの買収を承認し、取引は実行された。この結果、米国政府の強い反対があれば、仏側が豪への核潜水艦の供与さえ本当はできない状況にすでに置かれていたことに気づかなければならない。

 最後に、AUKUSは、軍事分野での重要性が増すAIやサイバー、量子テクノロジーの分野での3カ国間協力も推進する。防衛産業における供給網(サプライチェーン)の統合も探るとされている。その意味で、米英豪にカナダ、ニュージーランドを加えた、「ファイブ・アイズ諜報同盟」(Five Eyes Intelligence Alliance)にAUKUSがきわめて近いことがわかる。これは、1943年の英米通信傍受協定(BRUSA Agreement)をもとにこれら5カ国は最初に1948年ころ、「エシュロン」という軍事目的の通信傍受体制を構築したことで知られている(現在では、軍事目的以外のビジネス関連情報も傍受しているのは確実だ)。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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