星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト
1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
衆院選が公示。問われるのは「体制選択」か「安倍・菅政治への審判」か……
4年ぶりの総選挙が10月19日、公示された。31日の投開票に向けて、与野党による論争が続く。総選挙はふつう、政権が政治目標を掲げて衆院解散に打って出る場合が多い(小泉純一郎政権の「郵政解散」が典型)が、今回は任期満了(10月21日)に近いため、異例の総選挙となった。
では、この総選挙をどう位置付けるか。
岸田文雄首相は「未来選択選挙」と名付けたが、有権者が未来を選択するのは当然であり、選挙の性格を規定していない。政治ジャーナリストとしてこの選挙を位置付けるとすれば、安倍晋三・菅義偉政治で傷ついた民主主義をどう再生するか、新型コロナウイルスの感染拡大で傷んだ日本の社会をどう再建するのか、という二点に集約されるだろう。
岸田氏は自民党総裁選で「日本の民主主義は危機にある」と述べていた。具体的には、コロナ対策で国民の不満が募っているのに、政治からの発信が国民に伝わらないことが「危機」だという。総裁選で勝利し、岸田政権が発足して国民に向き合うことで、この「危機」は克服できるという考えだろう。
これに対して、立憲民主党の枝野幸男代表は、安倍政権が森友・加計問題や桜を見る会などの不祥事を起こしながら、安倍・菅政権は事実の解明を進めず、説明責任も果たしていないこと、さらには自民、公明両党に自浄能力がないことなどが「民主主義の危機」だとしている。
岸田首相の「危機」認識は、コロナ禍の中での政治と国民とのコミュニケーション不足にとどまっているが、現実の「民主主義の危機」はもっと深刻である。
森友問題では、民主主義の「知的資源」である公文書が改ざんされ、改ざんを求められた近畿財務局の職員が自殺に追い込まれるという事態につながった。桜を見る会をめぐっては、安倍氏の後援会員が800人も恣意的に招待され、飲食を楽しむという公私混同がまかり通り、後援会員を集めた前夜祭には安倍氏側から違法な寄付が行われていた。安倍氏は首相在任中の国会答弁で「寄付はなかった」などという虚偽答弁を118回重ねていたことが判明している。
この国会答弁を含め、安倍・菅政権の国会軽視は民主主義の根幹を揺るがしている。安倍氏は予算委員会などで野党議員に向かってヤジを飛ばすことがあった。歴代の自民党の首相にはほとんど見られなかった光景である。
安倍・菅政権では、野党が憲法の規定に基づいて臨時国会の召集を要求しても応じなかった。憲法53条が、衆参両院のいずれかで4分の1以上の議員の求めがあれば臨時国会を召集しなければならないと定めているのは、少数意見の尊重という民主主義の基本に基づくものである。その精神を事実上、無視した安倍・菅政権の責任は重大だ。
国権の最高機関である国会を重視し、その論議を通じて国民に訴えるという姿勢は、かつての自民党政権では貫かれてきた。大平正芳、中曽根康弘両氏らは、野党党首と真摯に向き合った。消費税導入のための関連法案審議を続けた竹下登首相は、「いつまで審議をするのか」という私の質問に「野党が音を上げるまでだ」と答えたことがある。