衆院選が公示。問われるのは「体制選択」か「安倍・菅政治への審判」か……
2021年10月19日
4年ぶりの総選挙が10月19日、公示された。31日の投開票に向けて、与野党による論争が続く。総選挙はふつう、政権が政治目標を掲げて衆院解散に打って出る場合が多い(小泉純一郎政権の「郵政解散」が典型)が、今回は任期満了(10月21日)に近いため、異例の総選挙となった。
では、この総選挙をどう位置付けるか。
岸田文雄首相は「未来選択選挙」と名付けたが、有権者が未来を選択するのは当然であり、選挙の性格を規定していない。政治ジャーナリストとしてこの選挙を位置付けるとすれば、安倍晋三・菅義偉政治で傷ついた民主主義をどう再生するか、新型コロナウイルスの感染拡大で傷んだ日本の社会をどう再建するのか、という二点に集約されるだろう。
これに対して、立憲民主党の枝野幸男代表は、安倍政権が森友・加計問題や桜を見る会などの不祥事を起こしながら、安倍・菅政権は事実の解明を進めず、説明責任も果たしていないこと、さらには自民、公明両党に自浄能力がないことなどが「民主主義の危機」だとしている。
森友問題では、民主主義の「知的資源」である公文書が改ざんされ、改ざんを求められた近畿財務局の職員が自殺に追い込まれるという事態につながった。桜を見る会をめぐっては、安倍氏の後援会員が800人も恣意的に招待され、飲食を楽しむという公私混同がまかり通り、後援会員を集めた前夜祭には安倍氏側から違法な寄付が行われていた。安倍氏は首相在任中の国会答弁で「寄付はなかった」などという虚偽答弁を118回重ねていたことが判明している。
この国会答弁を含め、安倍・菅政権の国会軽視は民主主義の根幹を揺るがしている。安倍氏は予算委員会などで野党議員に向かってヤジを飛ばすことがあった。歴代の自民党の首相にはほとんど見られなかった光景である。
安倍・菅政権では、野党が憲法の規定に基づいて臨時国会の召集を要求しても応じなかった。憲法53条が、衆参両院のいずれかで4分の1以上の議員の求めがあれば臨時国会を召集しなければならないと定めているのは、少数意見の尊重という民主主義の基本に基づくものである。その精神を事実上、無視した安倍・菅政権の責任は重大だ。
国権の最高機関である国会を重視し、その論議を通じて国民に訴えるという姿勢は、かつての自民党政権では貫かれてきた。大平正芳、中曽根康弘両氏らは、野党党首と真摯に向き合った。消費税導入のための関連法案審議を続けた竹下登首相は、「いつまで審議をするのか」という私の質問に「野党が音を上げるまでだ」と答えたことがある。
安倍・菅政治の「一強体制」象徴する出来事が河井克行・案里夫妻の選挙違反事件である。
この事件は、安倍、菅両氏が参院広島選挙区で河井案里候補を強引に擁立したことが発端だ。河井陣営に他の候補の10倍に当たる1億5千万円が自民党本部から送金されていたが、そこに安倍、菅両氏の意向がどう働いていたのかなど、疑問は解消されていない。安倍、菅両氏主導の候補者が、民主主義の基本ルールである政治資金規正法の違反を繰り返していたわけだが、自民党内の自浄作用は働いていない。
自民党はこれまで、「危機」に直面すると自浄作用を発揮してきた。田中角栄首相が金権批判を浴びると、「クリーン」で知られる三木武夫氏を後継に選出。自民党内の幹部が密室で選んだと批判され続けた森喜朗首相の後継には、「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉純一郎氏を選んで、自民党は勢いを取り戻した。
だが、安倍・菅政権下の不祥事に対して、自民党内から批判が強まることはなかった。「総主流派」「官邸一強」の中で、不満は抑え込まれた。衆参の国政選挙では、野党の混迷もあって、自民党の優位は揺るがなかった。
その自民党支配を大きく揺さぶったのがコロナ危機だ。安倍・菅政権では、感染対策や医療体制、経済支援などの立ち遅れだけでなく、コロナ対策の司令塔である首相のメッセージが国民に伝わらず、両氏は退陣を余儀なくされた。これを単なるコミュニケーション不足ととらえるのか、民主主義の根本的な危機ととらえるのか。まさにこの総選挙の争点である。
今回の総選挙では、コロナ危機で傷ついた日本の社会保障や経済、社会の立て直し策が大きな論点となる。
医療体制をめぐっては、問題点が明確になっている。感染症の拡大に対し、国や都道府県の指揮命令系統を強化して民間病院や開業医の動員ができるようにする。そのための法改正が急務となっている。医師会などの抵抗も予想されるが、どのような体制づくりをするのか、具体策が求められている。
水際対策を強化するために、検疫を担当している厚生労働省だけでなく国土交通省なども加えた政府全体の態勢づくりも不可欠だ。ワクチンについても、接種の効率化、接種済みの証明書作成など課題が残っている。
経済支援のための給付金については、与野党の大合唱が続く。しかし、「一律10万円」といったやり方では、生活困窮者には不足だし、富裕層は貯蓄に回すなど問題点が多い。マイナンバーの普及が遅れて、国民の銀行口座に給付金を送金するのに数カ月もかかるという時代遅れの体制をどう改善していくかという根本的な議論が必要だ。
与野党は有権者の判断に資するために、感染防止や医療体制の整備、経済支援などコロナ対策の全体像を示さなければならない。
この選挙では「成長か分配か」が論点となっている。岸田首相は「成長なくして分配なし、分配なくして次の成長なし」と主張する。まず、財政出動などを通じて成長を実現し、次いで分配を進め、それが次の成長につながるという理屈だ。
「成長→分配→成長」という流れを描くが、安倍・菅政権で掲げられた「成長戦略」が成果を出さず、全体の成長率も伸び悩んでいる中で、具体的な成長政策は乏しい。分配についても、金融所得課税の強化を含む富裕層増税を先送りしたこともあって、実現の道筋は見えない。
これに対して、立憲民主党の枝野代表は「分配なくして成長なし」の立場だ。富裕層増税などによって分配を進めれば、消費が上向いて成長につながり、それが新たな分配の原資を生むという理屈だ。「分配→成長→分配」という循環だが、増税が次の成長につながる保証はない。
成長・分配論争の前提として、安倍政権の経済政策「アベノミクス」の評価が問われなければならない。金融緩和による円安が株高につながり、企業業績が向上して雇用も改善されたが、一方で大企業の内部留保は急増したものの勤労者の所得は増えず、富裕層と低所得層の格差は拡大した。岸田首相は「新しい資本主義」を提唱し、規制緩和を軸とする新自由主義との決別を訴えてる。だが、一方でアベノミクスは継承するという立場で、その整合性が選挙の論点になっている。
コロナ危機は、日本社会、そして国民の生活に深刻なダメージを与えた。
感染拡大の中では、陽性と診断されても入院できずに自宅療養を余儀なくされ、病状が悪化する人が続出した。給付金が半年間も届かない飲食店、シフトの削減で収入減となる非正規労働者、アルバイトが減って学費の支払いが厳しくなった学生たち……。コロナ禍で苦しむ人々が増える半面、ゼロ金利マネーを不動産や株式に投資して潤う富裕層も出てきた。
そうした社会を立て直すことこそ、政治の役割であり、この総選挙で問われるのは、社会の再建に向けた政治の具体策である。
コロナ危機を克服して経済を活性化し、国力を回復しなければ、外交・安全保障の展開もおぼつかない。
安倍・菅政権では、米国との同盟関係が強化されたことは間違いない。集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法によって、米軍と自衛隊との連携は強化された。安倍首相はトランプ氏が大統領選で当選すると直ちに訪米して、会談。「抱き付き作戦」を進めた。菅首相も訪米してバイデン大統領と会談し、日米同盟の強化をうたった。
日米とオーストラリア、インドの4か国の枠組み「クアッド」にも、積極的に加わった。中国が台頭し、米中対立が深まる中で、米国は「同盟重視」を打ち出している。日本に対しては、防衛費の増額や中国との経済関係に慎重な対応を求めてくるとみられる。
米国との同盟関係を維持しながら、経済面で大きく依存する中国とどう向き合うのか。同じような立場にいる韓国や東南アジア諸国との連携をどう進めるのか。日本外交はかつてない難問を抱えているのだが、政治の構想力は示されていない。この総選挙は、外交・安全保障の構想力を競い合う場でもある。
選挙戦で自民党は、立憲民主党と共産党が「限定的な閣外協力」で合意したことについて「政権交代したら、日米安保に反対している共産党が政府の意思決定に入ってくる」(甘利明幹事長)などと追及。共産党は「森友問題の解明など立憲民主党などとの合意の範囲で協力する。共産党独自の考えを持ち込むことはない」(小池晃書記局長)と反論する。
自民党が主張する「体制選択」なのか、立憲民主党などが唱える「安倍・菅政治への審判」なのか。有権者の判断は31日の投票日に下される。
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